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けテぶれのマンネリ化は、現在地を見つめ直すサイン

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生活けテぶれがマンネリ化して見えるとき、最初に問い直すべきは「量や質を上げる手立て」ではありません。けテぶれが子どもにとって目的に向かうための道具になっているか、そして目の前の状態を現在地として読み取れているか。停滞・低迷を失敗として扱うのではなく、子どものバイオリズムと現在地を情報として受け取る視点について、実践に即して整理します。

マンネリ化の問いの立て方を変える

「生活けテぶれがマンネリ化してしまった。どうすればいいか」——これはけテぶれを実践する教師が一度は持つ問いです。その問いへの第一の答えとして「熱を上げる」「量を確保する」「習慣化する」という方向が浮かびやすいのですが、葛原祥太はそこで立ち止まります。

単に量を積み上げることや習慣化することは、目的の理解なしには続かない、というのがその理由です。歯磨きを例に取れば、習慣になっているというよりも、やらないことのデメリットが明確だからやっている——そういう実感を持って続けていることは少なくありません。けテぶれも同じです。なぜやるのかが子どもの中に落ちていなければ、毎日続けることはほぼ不可能です。

マンネリ化の問いに答える前に、まず確認すべきことがあります。それは「けテぶれが、子どもにとって目的に向かうための道具になっているか」という問いです。

道具になってこそ、マンネリとは無縁になる

道具という言葉で葛原が示しているのは、「目的に対する手段としての認知」のことです。

けテぶれもQNKSも、それ自体が目的ではありません。分かるようになるため、できるようになるため——その目的に向かう手段として、子どもの内側に落ちているかどうかが問われています。道具として使われているなら、「マンネリ化している」という感覚自体が起きにくい。当たり前に使っているものを「マンネリだ」とは感じないからです。

では道具として定着させるために何が必要か。葛原が繰り返し語るのは、教師が「なぜこれをやるのか」を語り続けることの必要性です。子どもの優れた記述を取り上げつつ、その意義を伝え続ける。語り続けなければ形骸化する——これはけテぶれだけでなく、あらゆる実践に共通することです。

心マトリクスを例に取れば、貼り付けるだけで子どもの思考が深まるわけではありません。教師がそれを徹底して使い、子どもに伝え、解釈することの価値を実感させていく過程を経てはじめて、子どもにとっての道具になっていく。その状態に至れば、「マンネリか」「停滞か」という問いの立て方そのものが変わってきます。

子どものバイオリズムを読む

道具化の問いと並んで重要なのが、子どもが経験する大きな波——バイオリズムへの視点です。

学校生活の中で、6月・11月・2月ごろに子どもたちが落ち込みやすいことは、多くの教師が経験として知っています。「魔の11月」とも言われるその時期は、人間社会と学校環境が30人に同じリズムで影響を与える結果として現れる傾向です。この落ち込みはマンネリ化ではなく、バイオリズムとして読む必要があります。

モチベーションの波
モチベーションの波

さらに、行事のあとには必ず落ち込みが来ます。運動会や音楽会で熱を帯びれば帯びるほど、その後の反動は大きくなる。上がれば下がる——これは人間の基本です。むしろ「上がったのだから、下がって当然」「下がらなければ、次に上がれない」という理解を子どもに伝えることが、その時期の実践者としての構えになります。

落ちている子どもを「たるんでいる」と見るのではなく、今その子は回復期にいると読む。そのバイオリズムに敏感に察知し、乗りこなそうとする姿勢で子どもを見ていくことが、生活けテぶれを支える教師には欠かせません。

公開されるノートは「一部」——教室の実態は30通り

ここで注意しておきたいことがあります。

SNSや研修、書籍などで目にするけテぶれノートの記述は、多くの場合、よくできたものが中心です。学級通信に使う写真も、子どもが嫌な思いをしないよう、ポジティブな記述のものを選ぶのが自然です。その結果、「けテぶれを実践している教室ではこれくらいのノートが書かれているはずだ」というイメージが一人歩きします。

しかし実際の教室では、量も質も子ども30人それぞれに違います。 「頑張った」「嫌だった」の一言だけの子、絵を描く子、ほとんど書けない子——それが公立小学校の現実です。葛原自身の言葉でも、「30人いたら30極化している」という表現が使われます。全然書いていない子も余裕でいる、というのが偽らざる実態です。

比べるべき基準は他者ではなく、その子自身の現在地からの成長です。 3文字書けた、今日は絵を描けた——それがその子の現在地であれば、そこから出発することが実践の出発点です。紹介される優れた例を「平均」として扱い、そこに全員を引き上げようとすると、教師も子どもも追い詰められていきます。自然なサイクルと回転数を尊重することが、長く続けられる実践の核心です。

沼も、お花畑も、情報として受け取る

子どもが低迷期に入ったとき、けテぶれノートやけテぶれシートはどう機能するか。

葛原が提示するのは、低迷期こそ記録の価値が高まるという逆説的な視点です。元気なときに書いた記述も大切ですが、沼にいるときに書いた記述には、その子の内側にある生の感情と言葉が詰まっています。抜け出したあとにそのシートを見返したとき、「自分はこういう状態にいたんだ」と気づくための貴重なデータになる。

心マトリクス
心マトリクス

心マトリクスの言葉で言えば、フラワーゾーン(花・ふわふわした状態)と沼ゾーン(月のエネルギーがほぼゼロの状態)では、自己認識や思考の質もまったく異なります。沼にいるとき、人はどうしても思考がネガティブになりやすい。だからこそ「沼にいる自分」を責めることなく、「今自分は沼にいる」と言語化できることが最初の一歩です。

沼に落ちたのなら、その沼の住み心地を学ぶ機関にしてしまえばいい——この発想は、低迷を失敗として閉じるのではなく、情報として開くための実践的な態度です。ただし、沼は居心地よく深みにはまっていくほど抜けにくくなる側面もあります。沼の状態を認識しながら、太陽のゾーンから遠ざかりすぎないように——フラワーゾーンにとどまりながら何かきっかけを待つ、という構えが大切です。

感情をフィルターなく書き留める

この視点に立てば、けテぶれシートやけテぶれノートに書く際の基本姿勢が変わってきます。

低迷しているとき、心から出てくる感情や言葉は、フィルターを挟まずそのまま書き留めることに価値があります。 「先生に見られる」「うまいことを書かなければ」という意識が入ると、生の状態は記録されません。しんどい、やる気が出ない、嫌だ——そうした言葉こそが、後から自分の傾向を知る手がかりになります。

けテぶれシート
けテぶれシート

毎日のけテぶれシート・けテぶれノートに、自分の思い・感情・思考・行動を書き溜めていくことは、いわばゲームでいう「セーブ」です。どんな状態であれ、書いて残しておくことが次の自分の土台になります。上がっているときの記録も、沼にいるときの記録も、どちらも同等に貴重です。上がりすぎているときには「視野が狭くなっていないか」という気づきを与え、低迷期の記録は「なぜそうなったのか」を後から洞察するための素材になる。

これはメタ認知の実践でもあります。過去の自分の記録から今の状態を洞察し、自分の傾向を導き出す——その積み重ねが、子どもが自分自身の波を乗りこなす力を育てていきます。

一度抜け出せた経験が、次への最強の根拠になる

沼から抜け出す瞬間は、いつどのように来るかわかりません。気づいたら体が軽くなっていることもあれば、友人との関わりの中で小さな動きが生まれることもある。

重要なのは、その動き出しの瞬間を見逃さないことです。 一回の経験は、「また同じようにできる」という強い根拠になります。どんな科学的説明よりも、「自分がかつてできた」という事実の方が、次の挑戦への確信を支えます。一回できたことは、成功のお作法を自分の体で知ったということであり、それ以上に強い根拠はありません。

教師ができることは、その動き出しを静かに認めることです。3文字書けた、今日はシートを開いた、隣の子の記述をちらっと見た——そうした小さな動きを、その子の現在地からの一歩として受け取ることができるかどうか。

書けない子には絵で。絵も難しければ、静かに待つ。周りのシートを見ておくだけでもいい。そういった現在地に応じた関わりもあり得ます。「豊かにほったらかす」とは放任ではなく、その子の自然な回転数を信じて任せて認めることです。 強引に巻き込まず、でも見守り続けるというその構えが、生活けテぶれを持続させる土台になります。

マンネリ化の問いを超えて

生活けテぶれがマンネリ化して見えるとき、まず立ち止まって問い直すことがあります。

けテぶれは子どもにとって道具になっているか。教師は目的に関する語りを続けているか。今の状態はバイオリズムの中でどこにあるか。その子の現在地はどこか。

「マンネリ化=実践の失敗」として見るのをやめたとき、停滞も低迷も、自己理解のための情報に変わります。 すべての状態から学べる子どもを育てることこそが、生活けテぶれの目指すところです。

やる気満々で量も質もある記述が正解で、そうでない姿はダメだという見方で実践を続けると、教師も子どもも疲弊していきます。30人の現在地はそれぞれ違い、それぞれにサイクルがある。その多様性を前提に、今日の3文字を認め、沼の住み心地を記録させ、抜け出した瞬間を一緒に喜ぶ——そういう実践者の構えが、長く続けられる生活けテぶれの土台になります。

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