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けテぶれをやらない子にどう向き合うか ——ゆるアツという土台から考える

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「けテぶれをやらない子にはどうすれば?」という問いに対して、すぐに声かけの技術を並べることはできません。答えはもっと根っこにあります。ゆるとアツ——この二つを両輪として教室に置くことが、やらない子・動かない子への関わりの出発点です。ゆるは「あなたはあなたでいい」という土台を教室に満たすこと、アツは自分で考え、やってみて、結果を受け取り、再チャレンジするサイクルを勉強の場に設計することです。そして努力や成長には自己破壊に似た怖さが伴うため、ゆるの土台がなければアツは空回りしてしまいます。

やり方より先にある問いへ

「けテぶれをやらない子には、具体的にどう声をかければいいですか」——この問いを受け取るたびに、答えはどうしても「ゆるアツ」という基礎理論から始まることになります。

具体的な場面でどう対応するかは状況によって無数に変わります。だからこそ、一つひとつの場面を列挙するより、その根っこにある考え方——教師としてのあり方——を整理することが重要になります。個々の判断は、その幹から自然に出てくるものだからです。

ゆる ——「あなたはあなたでいい」を教室の土台に

ゆるアツの「ゆる」は、ゆるゆるの「ゆる」です。そのメッセージの核心は、「あなたがあなたであるとき、最も輝く」という言葉に凝縮されています。

ある教室では、黒板の右側にこの言葉を毎日書き続けています。黒板係の子どもたちが1日1回消して、また自分たちで書く——子どもの字でこの言葉が教室に繰り返し現れることで、単なる掲示物ではなくなっていきます。その都度、話題が出るたびにこの言葉に立ち返ることで、ゆるのメッセージが教室の空気に染み込んでいくのです。

言葉では7%、残りは何で伝わるか

人間が他者に発しているメッセージのうち、言語によるものはごくわずかだという話があります。この数字の正確さについては確かめていない部分もあるため断言はできませんが、かりに言語的メッセージが7%だとすると、年間200日の学校生活のうち言葉が届く時間はわずか14日分ほどです。残りの186日分は、言語以外のふるまい全体からメッセージが伝わっていることになります。

「あなたはあなたでいい」と口で言っていても、教師自身がそれを本心で思えていなければ、その言葉は4月の数週間だけで終わります。それ以降の長い時間は、全く逆のメッセージが非言語として流れ続けてしまう——そういう怖さがあります。

教師が「自分は自分でいい」と思えているか

ゆるの土台を教室に作るためには、教師自身が「自分は自分でいい」と腹の底から思えていることが大切です。自分は自分でいいから、あなたはあなたでいいと本心で言える。その順番です。

誰かの実践を模倣しようとしても、その人にはなれません。自分にしか出せない最大出力があります。これは子どもも同じで、誰かになろうとするより、自分として在るときに一番輝く——この確信が教師の日々のふるまいから自然ににじみ出るとき、はじめて子どもに届きます。

教師の自己探究が、語りの幹になる

教室で子どもに伝えられるメッセージは、教師の内側にあるものしか出てきません。だとすると、教師がまず自分の中身を掘り下げる必要があります。「自分の中には何が詰まっているのか、何を価値と思って、何を確信しているのか」——ここを見つめ続けることが、語りの幹になります。

教材研究の下には、学ぶことや考えることそのものを研究する「学習研究」があります。そしてその下には「よりよく」という方向性を問う哲学研究や、自分自身を見つめる自己研究があります。教師という存在が子どもに何かを伝えるのは、この最下層から積み上がった自分から発するのだという構造を意識しておくと、「やり方」ではなく「あり方」を問うことの意味が分かってきます。

こうした自己探究のないところで「あなたはあなたでいい」とだけ言っても、子どもの心には響きにくいのです。

アツ ——没頭を生む構造を勉強の場に設計する

「あなたはあなたでいい」というゆるの土台が整ったとき、次は「アツ」の話になります。ほったらかしでは努力する理由もなくなります。熱くなる時には徹底的に熱くなる——これをゆるとセットで両輪として回すのがゆるアツです。

では、熱くなる状態とは何かを分解してみます。没頭しているとき、人は「自分で考え、自分でやってみて、結果を受け取り、再チャレンジする」サイクルを高速で回しています。スローモーションにして見ると、夢中になっている状態の正体がはっきりしてきます。ゲームに熱中する子どもも、サッカーに打ち込む子も、ダンスや歌に入り込む子も、よく観察すれば同じこのサイクルを回しています。そのサイクルの回転数がある水準を超えると、ゾーンや没頭状態と呼ばれる状態に入っていきます。

学びのコントローラー
学びのコントローラー

ここで気づくことがあります。ゲームに没頭する子が本当に好きなのは、ゲームそのものではなく、このサイクルが上手に設計された「没頭できるシステム」かもしれない、ということです。ゲームは外側からそのシステムを与えてくれますが、自分でそのシステムをつくる経験が積み重なると、どんなフィールドでも没頭できる力が育まれていきます。

漢字テストで同じ構造をつくれる

これを勉強の場に持ち込めます。漢字テストを例に考えると、「自分で考える(大計画・日々のけテぶれ)→自分でやってみる(練習)→結果を受け取る(テスト)→再チャレンジ(次のけテぶれへ)」という構造を設計できます。けテぶれやQNKSは、この没頭サイクルを勉強のフィールドで実現するための装置です。

以前は漢字の勉強をつまらないと思っていた子が、この仕組みを手渡された途端に「漢字が楽しい」と言い始めることがあります。1年生のころから漢字はずっとやっていたのに、なぜ急に楽しくなるのか——変わったのは、自分で考え、自分で結果を受け取り、再チャレンジするというサイクルの構造が手に入ったからです。楽しいのは漢字そのものではなく、そのサイクルを回す体験だったとしたら、それはゲームへの没頭と本質的に同じ構造をもっています。

大分析 ——結果を「受け流さず受け取る」

このサイクルの中で特に重要なのが、結果を受け取るプロセスです。テストの点数を見て「よかった・わるかった」で流すのではなく、大分析によって結果をしっかり受け取り、次の一手を自分で考えていくことが、再チャレンジへの接続になります。

大サイクルと小サイクルが組み合わさった構造の中で、大分析は現在地を自分で確認するための作業です。いまどこにいるのかを自分で把握した上で、次の計画へと向かう——このプロセスが丁寧に設計されることで、サイクルは単なる繰り返しではなく、螺旋状に積み上がる学びへと変わっていきます。

学びの階段
学びの階段

結果を受け流さず受け取る、この一点が、けテぶれの熱中を本物にするかどうかを分けます。結果を自分で受け取ることで、子どもは「自分がどこにいて、どこへ向かうか」を自分事として感じられるようになっていくのです。

自己肯定感という土台がなければ

努力することや成長することには、怖さが伴います。苦手を見つめること、自分の未熟さを認めること——これは自己破壊と同義だと言えます。できていない自分を直視するのは、本当に怖いことです。

だからこそ、「自分は自分でいい」という土台がなければ、その怖さに踏み込むことができません。安心感や自己肯定感のないところで、学習努力だけを求めても難しいのです。それは、土台のない建物を壊しましょうと言うようなもの——安心して壊せるのは、壊しても大丈夫なくらい確かな土台が自分の中にあるからです。

「けテぶれをやらない子」「動かない子」を前にしたとき、まず問うべきことの一つは、その子がちゃんと「自分は自分でいい」と感じられているかかもしれません。やり方の前に、土台があるかどうかを見てあげることが大切です。

ゆるとアツ、両輪として

ゆるは放任ではありません。アツは根性論でも強制でもありません。

「あなたはあなたでいい」という揺るがない安心の土台があってこそ、熱くなる体験に向かっていける。そして自分で考え、やってみて、結果を受け取り、また挑む——このサイクルが回り始めたとき、子どもたちは自分の輝きに触れていきます。

「あなたが最も熱くなる瞬間こそ、あなたが最も輝く状態だ」——ゆるとアツは、この一点でつながっています。

やらない子へのすべての関わりは、この基礎理論の上に成り立っています。具体的な場面での対応は、この土台があってはじめて生きてくるものです。

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