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形だけの自己調整学習を越える「学び方を学ぶ」視点

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自己調整学習の枠組みを授業に取り入れ、予見・遂行・省察の時間を設けているだけでは十分ではありません。大切なのは、それぞれの段階が内容としてつながっているかどうかです。さらに、子どもは教科の内容だけでなく、学ぶというプロセスそのものからも確実に学んでいます。この「学び方を学ぶ」視点が教室に根ざしているかどうかが、自由進度学習やけテぶれ・QNKSを本物の実践として持続させる核心です。

サイクルは「つながり」があってはじめてサイクルになる

自由進度学習や自己調整学習への注目が高まり、授業の最初に計画を立て、途中で実行し、最後に振り返るという構造を取り入れる教室が増えています。この枠組み自体は大切なものです。しかし、「そういう時間を設けていれば自己調整学習が成立している」と考えるのは、まだ甘いと言わざるを得ません。

問題は構造の有無ではなく、各段階が内容として接続されているかどうかです。

最初の5分で計画を立てる場面を想像してください。その計画が、前回の学習と全く関係なく、その場の思いつきで書かれているとしたら、前回と今回のサイクルはつながっていないことになります。切れたサイクルはサイクルではなく、思いつきの連続です。

さらに、いざ授業が動き始めると、子どもたちは最初の5分に書いた計画を忘れてしまいます。友だちに「教えて」と言われたから教え、暇だからドリルをする。こうして予見は遂行を支えなくなります。予見が遂行の道しるべになっていなければ、せっかく計画を立てた意味がありません。

遂行で計画とズレが生じれば、省察も浅くなります。「授業の最初にこんなことを考えていたんだ」と今さら思い出すような振り返りでは、自分の行動と深く結びついた記述にはなりません。予見が遂行を支え、遂行が省察を支え、省察が次の予見につながる。この連続がなければ、形だけの実践に終わってしまいます。

4月・5月の導入期は「何でもいいから取り組んでいい」という入り口が大切です。しかしその次のステップとして、子どもたちの意識の中に「ちゃんと接続できているか」という問いを育てていく必要があります。

けテぶれ大サイクル
けテぶれ大サイクル

前回と今回をつなぐ意識が生まれてはじめて、予見・遂行・省察はひとつのサイクルとして機能し始めます。

大計画シートで予見を「遂行の道しるべ」にする

大計画シートは、提出物や記入欄のひとつではありません。 子どもの遂行を支えるような予見をつくるための手立てとして位置づけることが重要です。

大計画シートに「うっすら丸をする」だけのシンプルな操作でも、学習内容の的を外さないという意識が子どもに生まれます。単元を通じた大きなゴールが見えていることで、日々の予見が「今日なんとなくやること」ではなく、「自分の学びをどこに向けて進めるか」を考えるものになっていきます。

子どもたちの遂行過程を支えるような予見にするための手立てとしての大計画シート。そのために導入してほしいというのが、ここでの主張です。前回と今回をつなぎ、予見が遂行の支えになる。そのための設計が、サイクルを本物にします。

子どもは「学び方」のプロセスからも学んでいる

ここから、もうひとつ大切な視点に入ります。

子どもに学びを任せる、自分でやってみる時間を増やす。これは、ただ「自分でやる方がやる気が出る」くらいの話ではありません。経験から学ぶという考え方の中核には、行為のプロセスそのものから人は確実に何かを学んでいるという原則があります。

子どもたちは教科書の内容を学んでいます。それは確かです。しかし同時に、「その内容をいかに学ぶか」というプロセスからも学んでいます。学ぶというプロセスの経験が、子どもたちに「学び方」を教えているのです。

これをヒドゥンカリキュラムと言います。意図しないところで、授業の構造そのものが子どもたちに何かを学ばせているということです。ここを見逃している実践が、非常に多くあります。

学びのコントローラー
学びのコントローラー

「子どもたちの学びを支えなきゃ」と思いながら、見方・考え方や教材研究ばかりを磨いていても、それだけでは教室のパワーは上がり続けません。なぜか。学び方そのものを高める訓練の視点が欠けているからです。

「賢いお客さん」の練習になっていないか

一斉型の授業の深い問題点も、ここにあります。

先生が工夫を凝らした、楽しく彩り豊かな授業があります。子どもたちはそのコンテンツを楽しんでいます。しかしその背景で何が起きているかというと、子どもたちは「賢いお客さん」になる練習を徹底的に積んでいます。

手を挙げる、ノートを取る、先生の基準で正解を見つける、指示には従順に従う。先生のストーリーに乗せて進む授業の中で、子どもたちがなしているのはこうした行動です。先生の授業が楽しければ楽しいほど、その楽しさで包まれながら、子どもたちはずっとお客さんになる練習をしていることになります。これもまた、確実に「学んでしまっている」ことです。

楽しい授業を否定したいわけではありません。問題は形式そのものではなく、子どもが何を経験として学んでしまうかにあります。

任せることで、何を練習させているのか

では、子どもたちに任せるとき、そこで子どもたちが「なす」ことは何でしょうか。

自分で考える練習。あらゆる選択肢の中から自分で選ぶ練習。選んだことを自分で実行する練習。実行したことの結果を自分で受け取り、次のステップを考える練習。35分の授業の中で、子どもたちは算数の勉強だけでなく、自分の人生・自分の学習を前に進めることの予行練習をしているわけです。

やってみる⇆考える(学ぶ)
やってみる⇆考える(学ぶ)

この視点で教室を見られているかどうかが、実践の質を大きく左右します。子どもに任せることで、自分で考え、選び、実行し、結果を受け取るというプロセスを経験させる。それが「信じて、任せる」ことの本質であり、その経験の積み重ねが学び方を育てます。

こういう目線で教室を見られていないと、教師のフィードバックは非常に甘いものになってしまいます。「よくできた」「惜しかった」という教科の正しさだけを伝えるフィードバックでは、学び方は育ちません。

語りとフィードバックに「学習力」の目線を

この視点があるかないかで、授業の最初と最後に何を語るか、日々のフィードバックで何を伝えるかが変わってきます。

「学ぶ力をいかに高めるか」という視点を教室に持ち、そういう目線でフィードバックできているか。予見・遂行・省察を通じて「学習力」を高める一本の筋が通っているかどうか。それが、自己調整学習を本物にする鍵です。

何が30人の教室のパワーを上げていく要因になるか。それは学びの力です。教科書の狭い正しさだけを追い求める方向では、子どもたちの面白さが失われ、教室のパワーはダウンしていきます。学び方を高める視点を持ってはじめて、教室全体の学びが力強くなっていきます。

自由進度学習・けテぶれ・QNKSを持続させる核心

自由進度学習やけテぶれ・QNKSへの注目が高まっています。しかしこれらが本物の実践として根づくかどうかは、この視点にかかっています。

けテぶれもQNKSも、単なる学習サイクルの名称ではありません。子どもが自分で考え、選び、やってみて、振り返り、次へ進む。この「学び方を学ぶ」ための型として位置づいています。その意味が教室に宿っていなければ、どんな方法も形だけの実践に終わります。

「学び方を学ぶ」という視点が教室にないと、今の自由進度学習・けテぶれ・QNKSのムーブメントは廃れていきます。 この視点こそが、実践を持続させる核心です。

予見・遂行・省察をつなぐ大計画シート、やってみる⇆考えるを往還させるけテぶれとQNKS。これらの型の上で、子どもたちが「学び方」を高めているかを見取り、語り、フィードバックする。そのループが回ってはじめて、実践は本物になります。

「学ぶということを練習するためには、型がいる」——そこにこそ、けテぶれ・QNKSが生まれた根拠があります。ぜひ、こういう目線で自分の教室を見直してみてください。

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