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「昨日と同じ」が主体性を育てる

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授業のたびに新しい活動を用意することが子どもの主体性を育てると思われがちです。しかし実際には、学びの構造を固定し、毎回「昨日と同じ」パターンで進むことこそが、子どもに見通しを渡し、主体感を育てるのです。この記事では、若手教師の一言「昨日と同じことをするよ」を手がかりに、授業のパッケージ化がなぜ自立した学習者の育成につながるのかを考えます。

「昨日と同じことをするよ」——若手教師の一言

けテぶれ・QNKS・心マトリクスの全校実践を進めているある小学校を参観する機会がありました。2年生のクラスで授業が始まったばかりのタイミングに入らせてもらったのですが、担任の若手の先生が冒頭に発した言葉が強く印象に残りました。

「昨日と同じことをするよ」

たったこれだけの一言です。けれどもこの一言には、子ども主体の学びを作るうえで非常に重要な設計思想が凝縮されていました。

子どもたち主体の学びを実現しようとするとき、何よりも大切なのは授業の流れをパッケージ化することです。「先生、今日も同じ流れでやるんでしょ。じゃあできるよ」——この感覚が生まれるとき、子どもは教師の指示を待たなくても動き始めます。そしてこの安心感こそが、子どもが自分の学習の主体であるという感覚、つまり「主体感」の土台になります。

けテぶれは、この「同じ構造」を全教科にわたって作れることが大きな強みのひとつです。計画・テスト・分析・練習という流れが教科を越えてつながっていくと、子どもたちが主体的に動ける範囲は自然と広がっていきます。

学びのコントローラー
学びのコントローラー

大切なのは「この先生がいると、自分がどう動けばいいかが分かる」という経験を積み重ねることです。見通しが立てられる子は、信じて任せてもらえる範囲を自分から広げていくことができます。逆に、見通しが持てない子どもに「自由にどうぞ」と言っても、それは自由ではなく混乱になります。

教師が毎日変わると、子どもは「待つ人」になる

逆の状況を考えてみましょう。「先生が何をするか分からない」「先生の言うことが毎日変わって、それを聞かないと今日の活動が分からない」という状況が続くとき、子どもはどうなるでしょうか。

どれだけ教師が工夫を凝らし、毎時間異なる活動を用意しても、その空間の上位構造は「先生の言うことをやる」ことに終始しています。活動が変わっても、その一段上の抽象度では「毎日先生の言うことを聞いているだけ」という構造が固定されているのです。子どもたちは自分の学習の主体であるという感覚——主体感——を、いつまでも得ることができません。

子どもが「学校の勉強ってこうやって進むんだな」と理解できるかどうか。これが、主体性を育てるかどうかの分岐点です。学校の1時間がどのように進むのかを子ども自身が把握し、その中で自分はどう動くかを自分で決められるようになること——これが「学び方を学ぶ」ということであり、葛原メソッドが一貫して大切にしていることです。

マンネリ化の正体

「毎回同じ構造では、マンネリ化してしまうのではないか」という疑問はよく出てきます。しかしこの問いの前提を、一度立ち止まって確認する必要があります。

マンネリ化するのは、同じ構造そのものではなく、上位構造が「教師の言うことをやる」だけに固定されているときです。教師がどれだけ活動に変化をつけても、「今日は何をするんだろう」と子どもが毎回教師の指示を待つ構造が変わらなければ、むしろ刺激への依存を育ててしまいます。これが本当のマンネリ化です。

反対に、学びの型が固定されているとき、子どもは毎日「自分で考えて自分で実行する」という経験を積み重ねます。同じ構造の中で扱う内容が変わり、自分の試行錯誤の中身が変わる——それが本質的な意味での「飽きない学び」です。マンネリ化を乗り越える切り口は、活動を変えることではなく、子どもが自己決定できる空間を作ることにあります。

ここで注意したいのは、毎時間違う活動を用意すること自体を全否定しているわけではないという点です。問題の本質は「活動の多様さ」にあるのではなく、どれだけ活動が変わっても上位構造で子どもの自己決定が生まれないままになっていることにあります。

再チャレンジが生まれる理由——自己効力感との関係

同じ構造が続くことには、もうひとつ重要な効果があります。子どもたちが「先を見通せる」ようになることです。見通しが立つと、子どもたちは自然と再チャレンジを求めます。

漢字の小テストで80点を取った子に「同じ問題をもう一度やってみたい?」と聞くと、多くの子が「やりたい」と答えます。単元末テストでも同様で、「もう一回やり直したい」という声はかなりの率で上がります。これは、「知っている問題だから、次こそできる」という見通しが立つからです。

自分が知っている世界がもう一度再現されると、「次はできるだろう」という自己効力感が高まります。 知っている環境であれば、2回目・3回目の方がよりうまく振る舞えるのは当然のことです。これが毎日の学びのフィールドで続くことで、子どもたちの自己効力感は着実に積み上がっていきます。

やってみる⇆考える(学ぶ)
やってみる⇆考える(学ぶ)

毎日のトライアンドエラーを子どもたちが本質的に回し続ける仕組みが、動機づけとして機能していきます。自己決定論の観点からも、子どもが自分で判断して動く経験こそが内発的な動機づけの源になるといわれています。「やってみる⇆考える」というサイクルを自分でハンドルできる子どもが育つとき、それは単に学力が上がるだけでなく、学ぶことそのものへの動機づけが育っているのです。

ワークシートと教材の汎用化

同じ構造を作るという発想は、教材づくりにも直結します。

ある学校の授業でQNKSのワークシートを活用しているクラスがありました。そのシートには「今回のQ(問い)」があらかじめ印字されていました。丁寧な準備ではありますが、Qの欄を空白にして子どもが自分で書く形にすれば、そのシートはどの単元でも使える汎用ツールになります。

専用のワークシートを毎授業・毎単元作り続けることは、教師側のコストが非常に高くなります。一方、汎用的なシートであれば大量に印刷しておくだけで、どの授業でも子どもたちが見通しをもって進めることができます。「社会の時間になったらQNKシートを1枚取ってきて、今日のQを自分で書いて……」という流れが定着していくと、教師の準備コストが下がると同時に、子どもの学びの見通しが上がるのです。

ここで注意したいのは、ワークシートを使わないことが目的ではないという点です。論点は「専用化しすぎず、汎用的な型に寄せること」にあります。さらに進んで、教科書とノートをどう使うかというパッケージ自体が子どもに定着すれば、ワークシートがなくても「教科書とノートでどのように進めるか」を子どもたちは迷わず自分でやっていけるようになります。

けテぶれ×QNKS
けテぶれ×QNKS

けテぶれもQNKSも、専用の準備物に依存しない汎用性の高さが実践上の強みです。どの教科・どの単元でも同じ構造で学べるということは、子どもにとって「また同じようにやればいい」という安心感と見通しになります。教師にとっても、毎回ゼロから考え直す必要がなくなります。

1時間の見通しが、単元内自由進度への扉を開く

1時間の学び方が子どもたちの中に定着していくと、次のステップが見えてきます。

1時間ごとの自由進度から、単元内自由進度へのステップアップです。1時間の学び方が体に入っていれば、教師は単元全体の内容を子どもたちに渡し、それぞれのペースで進んでいくという構造を作ることができます。1時間1時間の積み重ねが、より大きな「渡す」ことを可能にするのです。

このとき重要なのは、一足飛びに単元全体を渡せるわけではないという点です。「1時間の学び方を学ぶ」という経験が積み上がってはじめて、単元全体を渡すことが成り立ちます。「学び方の見方・考え方」が子どもの中に育っているかどうかが、移行できるかどうかの鍵になります。

そのためにも、日々の授業で問い直したいことがあります。「この授業の準備は、この単元専用になっていないか。もっと汎用的な手立てにできないか」という視点です。専用準備から汎用構造へと設計を転換することが、子どもたちに学び方を学ぶ機会を積み上げていくことになります。それが積み重なったとき、単元全体を子どもたちに渡すという、より深い学びの展開が見えてきます。

まとめ:同じ構造の中で、トライアンドエラーを回す

「昨日と同じことをするよ」という一言は、手を抜いているわけでも、授業準備を省いているわけでもありません。子どもが見通しをもち、自分の学習の主体として動けるように、意図をもって構造を固定しているのです。

毎回違う活動を用意することが、必ずしも子どもの主体性を育てるとは限りません。同じ構造を繰り返すからこそ、子どもは安心して試行錯誤し、再チャレンジし、自己効力感を積み上げていきます。その積み重ねの先に、単元内自由進度という、より大きな自己決定の空間が開けてきます。

できるだけ同じ構造を作り、その中で学ぶことへのトライアンドエラーを子どもたちに本質的に回させていくこと。それが、自立した学習者を育て、子どもたち自身の動機づけを育む土台になるのです。

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