本記事では、自由進度学習を実践する上での教師の「腹落ち」の重要性や、子供との関係構築における「あり方」について解説します。
また、家庭との役割分担や、教育を「自然」な状態に戻すという視点、さらにはAIとの適切な向き合い方まで、多岐にわたるQ&Aをまとめました。
実践への第一歩は「納得してやってみる」ことであり、子供たちの生の情報を自らの脳で受け止めることの価値を再認識できる内容です。
はじめに 「葛原流 自由進度学習の始め方」連続講義へようこそ。 前回は自由進度学習の考え方についてお話ししましたが、多くのコメントやリクエストをいただきました。本当にありがとうございます。 今回はコメント返し会として、皆さんからいただいたご質問にお答えしながら、さらに議論を深めていきたいと思います。
Q1. 教師の「腹落ち」を深めるにはどうすればいいですか?
> 【質問】 > 教師がどれくらい腹落ちしているかということの大切さを教えてもらいました。その腹落ちの深さを深めるためには何をしていくといいと思いますか?
まずは「やってみる」ことの大切さ これは非常に深いご質問ですね。結論から言うと、納得は「行動と結果のサイクル」から生まれます。 「これだ」と思って行動し、その結果として「やはりこれだ」と思えるような手応えが返ってくる。この繰り返しによって、確信、つまり「腹落ち」は深まっていきます。
教育実践においては、「よく考えないまま取り入れるのは良くない」と言われることもあります。しかし、私は少し違う考え方を持っています。 よく考えずに取り入れるのがダメなのではなく、取り入れた後によく考えないのがダメなのです。
「知る→やってみる→できる」という学びの段階において、「知る」から「やってみる」へ移行するために最も大切な感情が納得です。 ですから、少しでも「やってみよう」と納得できたのであれば、まずは実践してみることをお勧めします。なぜなら、実践してみることが、最も多くの情報を得られ、最も深く考えるきっかけになるからです。
実践の中で試行錯誤し、子供たちの表情や学級の変化という結果を受け止めながら、自分の中の納得感を育てていく。このプロセスこそが、腹落ちを深める唯一の道ではないでしょうか。
教室に掲げる3つのメッセージ > 【質問】 > 黒板の横に書いてあるメッセージが素敵です。どんな言葉があるのかたくさん知りたいです。
ありがとうございます。これは菊池省三先生の実践である「価値語」を参考にさせていただいたものです。 ただ、私は汎用性と抽象度を重視するので、いつでもどこでも立ち返れる言葉として、以下の3つに絞って掲示しています。
- 違い=価値
- あなたがあなたであるとき最も輝く
- 長所で頼られ、短所で愛されよ
たくさんの言葉を掲げるより、本質的なメッセージを絞り込むことで、子供たちの心に深く浸透すると考えています。
Q2. 自由進度学習における教師の「あり方」とは?
> 【質問】 > 「できない自分と出会わないための教育」ではなく「できない自分を受け止められるための教育」が必要だと感じます。そのためには教師のあり方が重要ではないでしょうか。
おっしゃる通り、教師のあり方は10割くらい大事だと言っても過言ではありません。 どんなに優れた手法や理論も、それを使う人間、つまり担任の先生が魅力的でなければ機能しません。
問われるのは「いい人ですか?」 私が担任として最も大切にしている問いは、「あなたは、いい人ですか?」というものです。 これは、明るいか暗いか、友達が多いか少ないかといった表面的なことではありません。嘘をついて人を騙そうとしたり、SNSで他人の悪口を言ったりしないか、といった人としての基本姿勢を指します。温かい人であるか、ということです。
学びや成長は、ある種の自己破壊です。 「できない自分」から「できる自分」へ変わろうとすることは、子供にとって非常に怖く、大変な挑戦です。その挑戦を支えるためには、何よりも安心できる環境が必要です。 そして、その環境の核となるのは、目の前にいる担任という大人です。子供たちが「この先生は信頼できる、嫌な人じゃない」と感じられなければ、安心して挑戦することなどできません。
あり方が実践の土台となる 自由進度学習のように、子供に自由を渡し、成長を促す実践であればなおさらです。 教師自身がその実践の価値を深く信じ、子供たち一人ひとりと対等な人間として関わろうとする姿勢、つまりあり方が、すべての土台となります。 この8月の間に、ぜひご自身の「あり方」についても考えてみていただけると、2学期からの実践がより豊かなものになるはずです。
Q3. 家庭との連携はどう考えればいいですか?
> 【質問】 > 学習には家庭のサポートも必要だと思いますが、学校に任せきりな雰囲気があります。家庭との連携について、先生のお考えを教えてください。
学校と家庭の「役割分担」 もちろん、家庭の協力は子供の成長にとって非常に重要です。しかし、学校が家庭での過ごし方にまで口出しするのは難しいと考えています。 大切なのは、学校と家庭がそれぞれの立場で子供の成長を願い、お互いの役割を信頼し合うことです。
学校と家庭では、子供が置かれるフィールドが違います。家庭は「ホーム」であり、学校は「ソーシャル(社会)」な場です。 学校という社会的な場でのトラブルや学びについては、その場にいる指導者、つまり教師が責任を持って指導すべきです。それは、ご家庭では介入できない領域だからです。 逆もまた然りです。それぞれの役割を尊重し、分担することが大切です。
「勉強のことは任せてください」と言い切る覚悟 だからこそ私は、保護者に対して毎年必ず「勉強のことは任せてください。家で『勉強しなさい』なんて言わなくていいです」と言い切ります。 学びのプロとして、学校での学習に責任を持つ。その覚悟を示すことが、保護者の信頼を得る第一歩だと考えています。
過去には、「うちの子にはこのやり方は合わないと思うのでやめてほしい」と保護者から直接言われたこともあります。 その際も、「お気持ちはわかります。しかし、私の実践は以前のものとは違います。必ずどの子も学べる環境を作りますので、まずは結果を見てください」とお伝えしました。 結果的にその子も楽しく学べるようになり、保護者の方にも納得していただけました。
学校は学校のやり方で、必ず結果を出す。その姿勢が、結果的に良好な連携を生むと信じています。
Q4. 教育を「自然」な状態に戻すとはどういうことですか?
> 【質問】 > 「自由とは自らによること」という語源を考えると、自由進度学習はそもそも「学ぶ」という本来の姿なのではないかと感じました。
素晴らしい視点ですね。まさにその通りで、私は最近「教育を自然に」というキャッチフレーズを大切にしています。
「不自然さ」から始める教室改善 今の学校教育の現場には、よく考えると不自然なことがたくさんあります。
- 分かっている子も分かっていない子も、同じペースで同じ内容を学ぶ一斉授業。
- できる子にとっては簡単すぎ、できない子にとっては難しすぎる、全員一律の宿題。
- たった一人が正解を言えたら、クラス全員が理解したことにして次に進んでしまう授業。
こうした「不自然さ」を、子供たちが本来持っている学びの姿、つまり「自然」な状態に戻していく。この発想が、私の実践の根幹にあります。
けテぶれは「自然な学び」を支えるツール けテぶれやQNKS、心マトリクスといった理論や手法は、この「自然な学び」を実現し、支えるためのツールです。 人が夢中になったり、熱く努力したりする時のサイクルを分析し、構造化したものが「けテぶれ(計画→テスト→分析→練習)」です。 「けテぶれをやらなきゃ」と手法から入るのではなく、目の前の子供たちにとって何が不自然かを問い、それを解消するために私の理論体系を使っていただくのが理想的な形です。 この放送や私の理論が、皆さんの教室の「不自然さ」に気づくきっかけになれば幸いです。
Q5. 振り返りのフィードバックをAIに任せるのはありですか?
> 【質問】 > 振り返りへのフィードバックを全てAIに任せることについてどう思いますか?
即答で「なし」と答える理由 これは非常にタイムリーな質問ですね。結論から言うと、即答で「なし」です。 なぜなら、教師が子供を理解するための最も重要なプロセスが失われてしまうからです。
子供たちが書く振り返りの文章やワークシートには、彼らの思考、葛藤、喜びといった生の魂が宿っています。その生の情報を、教師が自らの脳に直接インストールすることに、教育活動の最も豊かな価値があります。 私たちは、子供たちが書いたものを一年間、何百回と読み続けます。その中で、一人ひとりの興味関心、魂の向きや勢い、色合いといったものを深く理解していくのです。
もしこのプロセスを全てAIに丸投げしてしまったら、おそらく教師はいつまで経っても子供たちのことを「よく分からない他人の集まり」だと感じ続けるでしょう。人と人との温かい関係性は、そこからは生まれません。
教師の脳は最高の情報処理ツール 私たちは、人間の脳が持つ情報処理能力を軽視してはいけません。 本を読むとき、AIに要約させて薄っぺらい情報だけを受け取るのと、自分の脳で何度も繰り返し読み、複雑な情報網を脳内に構築していくのとでは、得られるものが全く違います。 子供たちの成果物も同じです。筆跡や言葉の端々に含まれる膨大な非言語情報を含めて、アナログなまま受け取ること。その情報が、教師の脳の中で統合され、その子への深い理解へとつながっていくのです。
AIの可能性と有効な活用法 もちろん、AIを全く使うべきでないと言っているわけではありません。有効な使い方はあります。
1. 長期的な自己分析ツールとして 小学校1年生から中学校3年生までの9年間、子供たちが書き溜めた膨大な振り返りデータをAIに分析させ、「君はこういう人間だ」と客観的なフィードバックを返す。これは、その場の気分に左右される性格診断よりも、よほど信頼に足る自己理解のツールになるでしょう。
2. 多角的な視点を得るツールとして 例えば、自分の実践記録をAIに読み込ませ、「これをジョン・デューイが見たら何とコメントしますか?」と尋ねる。そうすると、経験学習理論に基づいた専門的な視点からフィードバックを得ることができます。
将来的には、私の思考を全て学習させたAIを作り、「葛原先生ならどう思う?」と誰もが聞けるようにすることも考えています。 このように、AIはあくまで教師の思考や子供の学びを補助・拡張するツールとして活用していくべきだと考えています。
まとめと次回予告 今回は、皆さんからのコメントを元に、様々なテーマについてお話しさせていただきました。 系統立てた講義とはまた違い、話題が多岐に広がるコメント返し会も非常に有意義だと感じています。
来週月曜日からは、改めて自由進度学習の基礎基本に立ち返ってお話しを進めていく予定です。 今回の内容が、皆さんの2学期からの実践のヒントになれば幸いです。それでは、また来週お会いしましょう。