中学校教師・新井氏が、自由進度学習における教師の役割を「介入・対応・語り・フィードバック」の4つの軸で解説した実践発表です。中学生への「語り」はキラキラした成長論ではなく「損か得か」のリアルな言葉で届けることが重要であると論じています。そして教師が子どもに持たせるべきたった一つのものは、人生に絶望した時に電話をかけられる「関係性」であるという結論が、参加者の心を強く打ちました。
はじめに
2026年2月14日、サタデーナイト実践発表会にて、中学校教師の新井氏が自身の実践と新著の内容をもとに「自由進度学習と教師の役割」についてたっぷりと語ってくれました。
この発表は「インプット会」ではなく、参加者からの問いに応じて新井氏の言語化を引き出す場として設定されました。本記事では、その対話の中から浮かび上がった核心的なメッセージを整理します。
新著の概要――なぜ今、自由進度学習なのか
新井氏は明治図書から新刊(電子書籍版は3月4日発売予定)を刊行しました。タイトルには「けテぶれから始める」と入っていますが、内容はけテぶれの具体的な方法論ではなく、自由進度学習の理論とその必然性に焦点を当てたものです。
自由進度学習が必要な理由
参加者へのチャットでは「子どもが学ぶ土台だから」「1人1人の学びを保証するため」「自己調整が働きやすい授業」といった声が寄せられました。新井氏はこれらを受けながら、最も根本的な理由をこう述べます。
> インクルーシブな授業を目指したいからです。全ての子どもが学びやすい授業デザインを作るには、自由進度学習というパッケージが最も近いから。
また、「主体的な学び」という言葉が曖昧なまま使われることへの問題提起もありました。主体的に学ぶことは今日の学習指導要領にある以上、目指さなければならないにもかかわらず、その区分けが曖昧なまま自由進度学習のよしあしが語られていると指摘しました。
自由進度学習の定義は「ない」
新井氏が強調したのは「自由進度学習には明確な定義がない」という点です。だからこそ、要素とデザイン(部品・パーツの組み立て方)がすべてであると言います。
教師の最重要の役割は「環境をデザインすること」であり、その環境の中で学びを進めるための「歯車」として以下のようなものが必要だと述べました。
- 振り返り
- TDL(To Do List型の学習管理)
- 単元計画
- けテぶれ
- QNKS
これらの歯車がどう組み合わさるかが、授業の質を決めると言います。
本に書ききれなかったこと
新著のパート3では、中学1年生から3年生までの3年間のプロセスが具体的に書かれています。自由進度学習を一切意識していないスタートから、徐々に質を高めていくプロセスは「目指してそうなった」というより、「やっているうちにだんだんそうなっていった」という感覚が強いと言います。
ただし、新井氏は発表の中で「本に書ききれなかった」部分があることを正直に明かしました。それが今回の発表の中心テーマ、教師の役割です。
教師の4つの役割
新井氏が提示した教師の役割は以下の4つです。
1. 介入(教師側から必要に応じて働きかけること) 2. 対応(生徒側から内容面・方法面で質問されたことに応えること) 3. 語り(教師の言葉で子どもの価値観や行動に働きかけること) 4. フィードバック(学びの方向性や価値を伝えること)
介入と対応の違い
介入は、こちら(教師)から割って入ることです。子どもが何も言ってこなくても、「あなたには今これが必要だ」と判断して関わりにいく行為です。
対応は、子どもの側から「先生、教えて」「どうしたらいい?」と来た時に応えることです。内容面の質問と方法面の質問の2種類があります。
重要なのは、「先生、教えて」と来ても必ずしも教えないという点です。新井氏は子どもを3タイプに分けており、タイプによっては「説明はしない」という対応をとります。
フィードバックの役割
フィードバックは、学習を進める中で生まれた成果や課題に対して「これにはこういう意味があるよ」「こういう価値があるよ」と伝える行為です。
> 子どもたちは自分の学習が生み出している価値を自分では知り得ません。苦しいけれど効果的なこともあるし、心地いいけれど効果がないこともある。それをちゃんと科学的に、自分の中で調べた限りで伝えていくことが大切です。
フィードバックは必ず個人に対して行うとのことでした。
中学生への「語り」はキラキラではダメ
届く語りと届かない語り
新井氏が繰り返し強調したのが、「語りの届け方」についてです。
> 成長とか賢くなるといったキラキラした話は、基本的に中学生には刺さりません。
中学生が行動を変える動機はシンプルで、「損か得か」だと言います。成長という概念が「得」として感じられなければ、語りは届かない。
特に注意が必要なのは、3年生以上の「斜めから見ている」子どもたちです。彼らにとって「設置面」が違う、つまり言葉の着地点が大人の想定とずれています。
> お金のことしか考えていない子に成長を語っても何も届かない。であれば、お金のことでちゃんと語ればいい。「稼げるってどういう力がいるんだろう」という話をする。
35人に刺さる語りはない
35人いたら35人に刺さる語りはないというのが新井氏のスタンスです。今日は「あの子に刺そう」と決めて、1人に向けた語りをする。そうすることで結果的に5〜10人に響くことがある、という感覚です。
ではどう「ネタ」を拾うのか。それは子どもたちのぼやきや不満です。
> 他の先生にはなかなか言えないぶっちゃけ話をしてくれる関係にある。そのぼやきに対してちゃんと答える。それが私の「語り」です。
キラキラが届くのは小学校でも限界がある
「小学生にはキラキラが届くのでは?」という問いに対して、新井氏ははっきりと答えました。
> もし刺さっていると勘違いしているなら、それは小学生だからかもしれません。5・6年生でうまくいっていないと感じている方は、実は刺さっていないと私は思います。
届けたい子(届かない3〜4割の子)に届けるには、彼らの気持ちを引き出せる関係性を作ること、不満や不安をこぼしてもらえる関係を先に作ることが必要だと語りました。
介入は「質問から入る」4ステップ
介入の中でも新井氏が最も重視しているのが「質問から入ること」です。
なぜ質問から入るのか
例として2〜3歳の子どもが積み木を積み上げているシーンを挙げました。親が「こっちの方がかっこいいんじゃない?」とズラしたら怒ります。学習の場でも同じことが起きます。
> いきなり「こうした方がいい」と提案すると、相手の主体的な行動をペシャンと踏んでから提案している感覚になってしまう。主体性を壊してしまう。
そのために、必ず質問から入ることを推奨しています。
1. まず見取る(今どんな状態にあるかを観察する) 2. 質問する(「今どんなことをイメージしながらやっているの?」など) 3. 必要に応じて提案や示唆をする 4. 場合によっては命令や指示も使う(ただし稀)
命令や指示もゼロではないが、「命令を使うことが少ない自分を物差しにしている」とも述べました。この4ステップは、現場で命令・指示が多くなりがちな中学校の教師にとっての物差しとして機能させているとのことです。
子どもに持たせるたった一つのもの
発表後半で最も印象的だったのは、高橋周平氏(参加者)との質疑応答でした。
「持たせすぎようとしている」という気づき
高橋氏は、ある児童への関わりについて相談しました。「自分の弱いところから逃げている」ことを自覚している子どもに対して、内発的な動機から行動につなげてほしいと思いながら、卒業が迫る中で強引に介入してしまっている、というモヤモヤです。
新井氏の返答は明快でした。
> おそらく、持たせたいものを持たせようとしているんですね。1つだけ持たせるとしたら何ですか?
高橋氏が「素直に受け取る姿勢」と答えると、新井氏は「それに特化して、あとは全部捨てる。その子にはその1つだけ」と応じました。
「絶望した時に電話をかけてくれる関係性」
そして新井氏が言った言葉が、参加者の心を強く打ちました。
> 私が持たせるとしたら「関係性」だけです。中学生にとって、やめたいと思った瞬間、死にたいと思った瞬間に電話をかけてくる相手になっているかどうか。それだけでいいと思っています。
これは新井氏が川西直人氏と出会った初年度から変わらないスタンスだということも明かされました。川西氏は「怖い」と表現しながらも、「1周しかしてないから変わらないんかもしれない」という新井氏の言葉に深く頷きました。
教師のスタンス――横で伴奏する
高橋氏が「基本的な関わり方は、先に立って引っ張るよりも横で伴奏するスタンスがいいですよね」とまとめると、新井氏はこう補足しました。
> ただし、強引に引っ張られることを待っている子もいます。責任をずっと取ってもらえなかった子は、大人に責任を取ってもらわないと動けなくなっていることがある。だからその見極めは必要です。
その見極めの基準として新井氏が挙げたのは、「休み時間に自分から寄ってくるか、遊びに誘ってくるか、趣味の話をしてくるか」といった日常の関係性のサインです。
また、教師自身が迷いや失敗を正直に伝えることの重要性も強調されました。
> 先生も葛藤してきたし、失敗したなということも喋っていい。思考錯誤を一緒にしてきたと思ってもらえる関係を作ることが大切です。
おわりに
新井氏の発表で浮かび上がったのは、「教師の役割」を細分化して言語化することの価値です。介入・対応・語り・フィードバックというシンプルな4分類が、現場の教師にとって「今自分はどこにいるか」を知るための物差しになります。
そして最後に示された問い——「その子に持たせるたった一つのものは何か」——は、忙しい日常の中で多くのものを持たせようとしてしまいがちな教師にとって、立ち返るべき問いではないでしょうか。
子どもが人生に絶望した時に電話をかけてくれる相手になっているかどうか。教師という仕事の本質がそこに凝縮されているように感じます。