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生活けテぶれでキャリアパスポートを蘇生させる

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生活けテぶれは、毎日の記録を書かせ、教師がコメントを返すだけの実践ではありません。

1日のはじめに計画を立て、終わりに振り返り、教師がフィードバックする。その日次のサイクルを出発点にしながら、週に一度は自分の記述を総括し、月に一度は「世界に一つだけの花」で自分の得意・苦手・好き・嫌い・願いを見つめる。さらに年に一度、それを作品としてまとめ、次の学年へつなぐ。

そうして積み重なった記録は、形式的なキャリアパスポートではなく、子どもが自分の人生を見つめるための情報源になります。

継続の鍵は、「習慣だからやる」ではありません。自分の人生の羅針盤を自分で作っていく、大事な営みだからやる。生活けテぶれは、そのように語られてはじめて、子どもの自己省察を支える実践になります。

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生活けテぶれは、日々の計画と振り返りから始まる

ある中学校の先生が、生活けテぶれの実践を発表されていました。

1日の最初に計画を立てる。1日の終わりに分析、つまり振り返りを書く。そして、それに対して先生がコメントを返していく。とても素朴ですが、生活けテぶれの出発点になるサイクルです。

けテぶれシート
けテぶれシート

この日々の計画と分析のサイクルに、子どもたちは少しずつ乗っていきます。先生がオリジナルのシートを作り、子どもたちが書きやすいように工夫していく。その積み重ね自体が、学級の中に「自分の生活を自分で見つめる」時間を生み出していきます。

ただし、ここで必ずと言ってよいほど出てくる課題があります。

振り返りが浅い。 何を書けばよいか分からない。 「頑張った」「次も頑張る」で終わってしまう。

これは、その子の力が足りないという話ではありません。多くの場合、「何を書けばよいのか」が見えていないだけです。

浅い振り返りには、友達の記述を見せる

振り返りが浅いときに必要なのは、さらに強く書かせることではありません。何を書けばよいのかを、子どもが具体的に見られるようにすることです。

そこで大事になるのが、友達の記述です。

友達やクラスメイトのノートを徹底的に紹介する。「こういうことを書けばいいんだ」「ここまで具体的に書けるんだ」「この言葉を使えば、自分のことを表せるんだ」と分かるようにする。これは生活けテぶれにおける協働的な学びです。

よい記述を見た子は、真似をします。

そして、その真似をする姿そのものをフィードバックで肯定します。 「いいところを見つけて取り入れたね」 「友達の書き方を使って、自分のことを書けたね」 「前より具体的になっているね」

真似は、浅い学びではありません。自分の言葉を持つ前に、他者の言葉を借りてみることは、ごく自然な学びの過程です。友達の記述をモデルにし、それを使って自分の経験を書く。そうやって言葉が増え、記述量が増え、成長実感も伴っていきます。

振り返りを書けない子には、能力を問う前に、書き方が見える環境を用意することが大切です。

週に一度、今週の自分を総括する

日々の生活けテぶれが回り始めたら、次に作りたいのは週のサイクルです。

金曜日など、週に一度、5日分の記述を振り返ります。そして、「今週の自分はどうだったか」を総括します。

ここで大切なのは、ただ感想を書くことではありません。5日分の振り返りから、自分に関わる事実や変化を抜き出し、構造化することです。

これは、QNKSの練習にもなります。QNKSとは、問い・抜き出し・組み立て・整理の流れです。自分の1週間を題材にして、「何が起きていたのか」「自分にはどんな傾向があったのか」「来週はどうすればよさそうか」を考えていきます。

題材は自分です。 落としどころも、自分の生活をよりよくすることです。

だからこれは、単なる型の作文ではありません。主体性に近い営みです。

「来週はこうしよう」と書くことは、探究的に言えば仮説を立てることでもあります。「こうすれば、よりよい生活ができるのではないか」という仮説です。そして、その仮説を検証するのは、来週の自分の行動です。

日々の計画と分析が、週の自己省察へつながっていきます。

月曜日には、先週の自分と今週の自分を語る

週の総括ができたら、それを月曜日の朝につなげることができます。

席替えのような大がかりな準備をしなくてもかまいません。くじ引きなどでランダムに4人程度の小グループを作り、立ち話でもよいので、先週の自分と今週の自分を語ります。

「先週の自分はこうだった」 「今週の自分はこうしたい」

それを宣言し、自己紹介するのです。

毎週、自己紹介をする。これはとてもよい時間になります。自分についての話を、友達が聞いてくれる。友達もまた、自分について語ってくれる。その時間が教室に流れることで、場の熱は少しずつ広がっていきます。

1日のサイクルは、書いて先生がフィードバックすること。 1週間のサイクルは、金曜日に総括し、月曜日に自己紹介すること。

ここまでくると、生活けテぶれは単なる毎日の記録ではなくなります。自分の生活を見つめ、それを人に語り、次の自分へつなげていく営みになります。

1ヶ月に一度、世界に一つだけの花を書く

1日のサイクル、1週間のサイクルができたら、次に見えてくるのは1ヶ月のサイクルです。

そこで扱うのが、「世界に一つだけの花」です。

世界に一つだけの花
世界に一つだけの花

日々の生活けテぶれや週の総括は、どちらかと言えば外側に向かっています。今日の自分はどうだったか。明日の自分はどうするか。来週はどう生活するか。よりよく生きるために、行動や生活を見つめる時間です。

けれども、外側へ出れば出るほど、内側も詳しくなっていきます。

いろいろな挑戦をする。人と関わる。うまくいくことも、うまくいかないこともある。その具体的な行動経験の中に、自分の得意・苦手・好き・嫌いが現れてきます。

1ヶ月に一度、その情報を総括するのが「世界に一つだけの花」です。

4週間分の総括を見返しながら、「これは得意だな」「これは苦手だな」「これは好きだな」「これは嫌いだな」と考えていきます。そして、花の中に書き込んでいきます。

中心に近いところには、自分の生き方や人生に深く関わる気づきを書く。外側には、もう少し表層的な好き嫌いや状況を書いてもよい。中心には「願い」があります。

その願いは、「自分は自分として、どう生きたいのか」という深い問いです。すぐに見つかるものではありません。けれども、日々の行動経験の中にある得意・苦手・好き・嫌いの感覚が、その願いに近づくための手がかりになります。

やってみるほど、自分が見えてくる

自己理解は、頭の中だけで深まるものではありません。

やってみる。 うまくいく。 うまくいかない。 好きだと分かる。 苦手だと分かる。 続けたいと思う。 もう少し工夫したいと思う。

そうした外側の経験を通して、内側の自分が見えてきます。

やってみると考える
やってみると考える

生活けテぶれが大事なのは、この内外往還があるからです。外側の行動を見つめることが、内側の自己探究につながっていく。日々の記録が、月に一度の自己理解へとつながっていく。

「世界に一つだけの花」は、単発の自己紹介ワークではありません。日々の生活けテぶれと週の総括を受け止め、自分についての情報を蓄積していく時間です。

4月と5月でペンの色を変えるような工夫も有効です。色を変えれば、変容が見えます。以前は嫌いだったものが好きになっている。好きだったものが得意になっている。苦手だと思っていたことに、少し向き合えるようになっている。

そうした変化を見つけること自体が、自己省察になります。

継続は「習慣」ではなく「大事だからやる」で支える

生活けテぶれを続けるために、「習慣化」が語られることがあります。もちろん、日々続ける仕組みは必要です。

しかし、それだけでは足りません。

歯磨きを例にすると分かりやすいです。歯磨きは、ただ習慣だからやっているのでしょうか。そうではなく、虫歯にならないために大事だからやっている。目的があり、目標があり、そのための手段として歯を磨いている。

生活けテぶれも同じです。

「毎日書くものだから書く」では弱いのです。 「先生が見るから書く」でも弱いのです。

自分のことを自分で見つめる。 それを言葉にする。 1週間、1ヶ月と総括していく。 自分の人生の羅針盤を、自分で作っていく。

そのために生活けテぶれがあるのだと語る必要があります。

継続の鍵は、習慣化だけではありません。大事だからやる、必要だからやるという語りです。

教師がこのレベルで語るから、子どもも受け取ることができます。生活けテぶれは、クラスをよくするため、楽しい時間を増やすためだけの実践ではありません。もちろん、そうした効果もあります。しかし、そこだけに留めてしまうと、この実践の本質は小さくなります。

その子がその子として人生を歩んでいく。その力を育てるために、生活けテぶれを位置づけるのです。

年に一度、花を作品にする

月に一度の「世界に一つだけの花」は、追記していくことで変容が見えます。

ただ、1年が終わる頃には、書き込みが増えて見づらくなることもあるでしょう。そのときは、1年間の総括として、もう一枚新しいシートを用意します。

「○年生の自分は、こういう自分でした」 「これが得意で、これが苦手な自分でした」 「こういう願いを持っていました」

そうやって、1年の自分を1枚の作品として仕上げます。色を塗り、文字を工夫し、次の学年へ持っていく成果物にするのです。

6年間で6枚の花ができる。 9年間で9枚の花ができる。

その蓄積は、子どもが自分を見つめるための大切な情報源になります。

ここに、キャリアパスポートで本来やりたかったことがあるのではないでしょうか。形式として記録を残すことが目的なのではありません。子どもが自分の歩みを受け取り、「これからどう生きようか」と考えるために、情報を蓄積していくことが大切なのです。

9年間で9枚の花を持った15歳が、その9枚を見返す。 自分は何が得意だったのか。 何に苦労してきたのか。 何を好きになり、何を願ってきたのか。 これからどう生きたいのか。

その問いに向かい合うための情報源として、「世界に一つだけの花」がある。そう考えると、生活けテぶれはキャリアパスポートを本質的な形で蘇生させる実践になります。

キャリアパスポートを形式から自己省察へ戻す

キャリアパスポートを批判するだけでは、実践は前に進みません。

大事なのは、「本当は何をしたかったのか」を取り戻すことです。子どもが自分の成長を見つめる。自分の得意・苦手・好き・嫌い・願いを蓄積する。過去の自分を受け取り、これからの自分を考える。

その営みを、日々の学級経営やホームルームの中で実現していく。

生活けテぶれは、そのための具体的な道筋になります。

1日単位では、計画と分析とフィードバック。 1週間単位では、総括と自己紹介。 1ヶ月単位では、世界に一つだけの花。 1年単位では、作品化と次の学年への接続。 6年、9年の単位では、自分の人生を舵取りするための蓄積。

このように見れば、生活けテぶれは毎日の記録では終わりません。自分の人生を見つめるための実践へ育っていきます。

教師の役割は、ただコメントを返すことだけではありません。友達の記述から学べるようにすること。真似する姿を肯定的に見取ること。週や月の総括へつなげること。そして何より、この営みの意味を語り続けることです。

生活けテぶれは、自分の人生の羅針盤を自分で作っていく実践です。

そのように語られ、積み重ねられたとき、キャリアパスポートは形式的な記録ではなく、子どもが自分として生きていくための確かな足場になっていきます。

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