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学校が自走し始めるとき

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弥生小学校では、けテぶれ・QNKS・自由進度学習が、外部から与えられた設計図としてではなく、教師一人ひとりの経験と言葉になって校内に広がっていった。その変化は最初から45分の完成形を目指したのではなく、「44分ダメで1分やった方がいい」という現在地からの一歩から始まった。推進役が自ら学び、腹落ちした実践を示してから教師に渡すこと、そして教師たちの実践と語りが回り始めることで、各学級の子どもたちにも同じ回転と流動が生まれていく。学校が自走し始めた段階では、外部講師の役割もまた変わっていく。

夢見ていた姿が、知らない間に近づいていた

「本当にこんな姿になればいいなとは思ってたけど、実際、本当にこんな姿に近づいておる。知らん間に近づいてきた」

ある管理職がこう語ったとき、その言葉には驚きと安堵が混じっていた。けテぶれや自由進度学習を学校全体に広げていく取り組みの中で、いつの間にか夢見ていた学校の姿が実像として現れてきた、という経験である。

変化は一夜にして起きたのではなく、誰かが強力に引っ張ったわけでもなかった。教師一人ひとりが経験を積み、言葉を得て、少しずつ回転を始めた結果として現れていた。学校全体の変化は、ツールの配布ではなく、教師自身が経験をもとに語れるようになることで進む。

この事例が示しているのは、公教育のボトムアップ改革がどのように進むかという問いに対する、一つの生きた答えである。

怖くて任せられない、その出発点から

自由進度学習を校内に広げようとするとき、多くの学校で最初に立ちはだかるのは「怖さ」である。「最初はみんなやっぱ怖い、任せられない、信じられないね」。弥生小学校でも、変わらないスタート地点はそこだったという。

ある日、まだ手探りの段階にある別の学校の教師が「学びに向かう意欲が乏しい子どもたちのクラスには、自由進度学習は無理ではないか」という問いを持ち込んできた。それに対して、自分自身もおっかなびっくりでやってきた弥生小の教師が答えた。「45分ダメなより、44分ダメで1分やった方がいいんじゃない」と。

この言葉が持つ重さは、論理そのものにだけあるのではない。その教師が、自分の経験と発想の中から語ったことに意味がある。 外部講師や管理職が言えば「理論の言葉」として聞こえる。しかし、同じ怖さを越えてきた実践者が語ると、「あなたにも始められる」という可能性として届く。

1分から始めていい。44分うまくいかなくても、1分だけ委ねてみる。その現在地を肯定することが、信じて、任せて、認めるという姿勢を校内に根づかせていく。八方塞がりに見える状況でも、まず1分から動かすという選択肢は常に開かれている。

ツールを渡す前に、まず自分が学ぶ

変化の過程で、重要な失敗の形も語られた。ある管理職が「心マトリクスを使って授業してみなさい」と教師に渡した。しかしその教師はこう言う。「ちょっと私、わからないことを、まだやってないんです」と。

「荒すぎる」という評価がそこにはある。ツールの意味も、自分で試した経験もないまま渡せば広がるという発想は、根本的なところで誤っている。「これを使って授業してみろ」と言うのと、「やってみたらこうだった、一緒に考えてみないか」と言うのとでは、受け取る側の構えがまったく違う。

推進役自身が学び、腹落ちした具体例を示してから校内に渡す必要がある。

弥生小学校では、管理職みずからがけテぶれやQNKSを実際に試した。教科書を手元に置きながらQNKSをやってみる、という経験から始めた。プレゼンを自ら作り込み「これでいくぞ」と示す。新しく着任した教師に対しても、そもそもわからない、という状態の「訳のわからなさ」を自分がまず引き受けるという姿勢が、その後の展開の土台をつくった。

けテぶれとQNKSの関係図
けテぶれとQNKSの関係図

けテぶれとQNKSは、一方で試してみて、もう一方で考えを整理するという両輪として機能する。管理職や研究推進担当者がこの両輪を自分のものにしてから渡すとき、ツールは「借り物の形」ではなく「腹落ちした実践の道具」として届く。そうして渡されたとき、教師たちは回転を始める。

綺麗な研究計画や設計図はどの学校にもある。しかし、それが「実際にどこでも、どの瞬間でも息づいているか」という問いに対して、設計図だけでは答えが出ない。答えは、実践が回り始めた経験の中から生まれる。

回転が始まると、学校全体が動き出す

「先生がやっぱりそうやって考えられて、勉強されて、という回転があるから、それを先生方に渡す。先生たちが回転し始めて、そこの中で知識が流動し始める。そして、それぞれの先生のクラスでも子どもたちが回転して流動して」

この言葉は、構造の話をしている。管理職の回転が教師への渡しを生み、教師の回転が学級の子どもたちの回転へとつながる。「一回回転しだすと、本当にグルグルグルと回転しだすんだな」という感触が出てくる。

単元計画が教師によって自分のものとして作られ始め、ルーブリックにオリジナルの色が出てくる。ICTが得意な教師はCanvaにリンクを張り巡らせた形で自由進度を展開する。支援学級でも独自の工夫が生まれる。けテぶれやQNKSが、各教師・各学級の文脈と混ざり合いながら、生きた実践として広がっていく。

大計画シート
大計画シート

大計画(大サイクル)が学校に広まる過程も、同じ構造を持っている。「知らん間に浸透しとって」という言葉の通り、誰かが指示して全員が一斉に始めたのではない。回転が始まった場の中で、教師同士の実践と語りが動き、知識が流動し始めることで、自然と浸透していく。場の質が高まると、知識と実践は自ら流動し始める。

それぞれの先生のクラスで子どもたちが回転して流動するとは、教師の学びの構造が、そのまま学級の学びの構造に移っていくということでもある。

子どもの姿が、語りを生む

「あんだけやっぱ子どもの姿が全てですから」という言葉がある。校内普及の説得力は、理屈や設計図にあるのではなく、実際の子どもの変化にある。

ノートが良くなった教師が持ってきてくれる。実践発表の場で、自分の実践をもとに「代案ある? ないでしょ」と語れる教師が出てくる。「最初のうちの学校と一緒ですよね」と、同じ怖さを越えてきた自分の経験から語れる教師が現れる。

この「語り」は、経験の蓄積から生まれる。外部講師や管理職が「こうすれば良い」と語るのとは質が違う。実際にそのプロセスを歩んできた教師だからこそ、「確実に自分の経験であるから」という重みを持って語れる。「こういう風なプロセスでここまで来た」という話は、誰かに聞いた話ではなく、自分の身体を通った話として届く。

「質問受け付けますよ」と言えること、「まだ分からなくて、とか言うスタンスがほとんどいない」という状況になっていたこと、これが学校の変化の深さを示していた。さらには、よその学校の管理職に向けて「先生この辺全部読んでください、先生の学校に説明しに行きますから」と、教師自身が発信する側に回るようになる。そのとき、校内普及は次のフェーズへと移る。

学校が自走し始めたとき、外部講師の役割も変わる

「そっからは、なんかもうみんな自走しだして」という段階が来る。

自走している学校では、外部講師の役割も変わらざるをえない。「自走もすごいんで、僕の使い方もいろいろ考えてもらうと、今までとはちょっと違う役割として」という言葉が語られた。もし担当者が転勤になっても研究の方向性は変わらない、という確信が校内に生まれていた。

実践を腹落ちした形で身につけた教師は、どこの学校に行っても同じことができる。校内に広める力を持った教師が育つことは、学校の未来を変えるだけでなく、その教師がどの場所に行っても変化の種を持ち歩くことを意味する。「どこの学校行ってもけテぶれ広めるし、絶対にその学校の研究の中心的役割になると思う」という評価は、個人の能力ではなく、経験によって育まれた「語れる実践者」としての力を指している。

公教育のボトムアップ改革とは、こうした形で進む。最初から完璧な自由進度学習を目指すのではなく、怖くて任せられないところから始め、1分の一歩を踏み出す。自分が学び、腹落ちした実践を示してから渡す。経験をもとに語れる教師が増えていく。そして、学校が自走し始める。その過程は、緻密な設計図からではなく、信じて任せる小さな決断の積み重ねから生まれる。

「どこかでちょっとずつ、信頼感が培われていく。実際見たら、話聞いたら、ちょっと始めてみて、子どもたちの姿を見て」という言葉の通り、変化は見える形で積み上がっていく。うちの学校にはできない、と思うのではなく、まず1分から始めてみる。そこが出発点である。

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