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なぜQNKSは教科の壁を越えるのか

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国語で話し合いの方法を学んだ子どもが、学級会の話し合いでその方法を自然に使えるとは限りません。これは、子どもの意識が「国語の勉強」と「学級会」を別の文脈として捉えるからです。

このように、ある場面で学んだ知識や技能を、別の場面で使うことは簡単ではありません。いわゆる学習の転移は、教師が思うほど自然には起こらないのです。

そこで重要になるのがQNKSです。QNKSは、俳句、作文、話し合い、体育での思考などを、「問い、抜き出し、組み立て、出す」という同じ思考行為として捉え直すための共通言語です。教科を薄めるのではなく、それぞれの教科や活動を、QNKSを置く具体的なフィールドとして見直すこと。そこに、教科横断的な学び方を育てる鍵があります。

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出発点は、体育で思考を深めたいという問いでした

今回の話の出発点は、体育を研究している実践者との対話でした。

体育では、子どもたちが実際に体を動かし、運動そのものに取り組む時間がとても大切です。一方で、ただ「やる、やる、やる」だけではなく、そこから思考を深める方向にも持っていきたい。では、どうすればよいのか。

ここで出てきた問題意識は、とても現実的なものでした。

体育で思考を書かせたり、話し合わせたりすることばかりが増えてしまうと、肝心の運動量が落ちてしまいます。体育の授業なのに、活動の中心が話し合いになってしまっては、本来大切にしたい運動の時間が削られてしまうわけです。

だからこそ、「体育の中で思考活動を増やせばよい」という単純な話ではありません。むしろ、他教科で育ててきた話し合う力や考える力を、体育の場面でも使えるようにする。そう考えると、QNKSは体育の授業に新しい活動を足すための道具ではなく、すでに育ててきた思考方法を体育に持ち込むための考え方になります。

体育では運動量を落とさず、しかし思考を浅くもしない。そのために、教科を越えて使える思考の型が必要になります。

学習の転移は、思っているほど自然には起こりません

ここで考えたいのが、学習の転移です。

たとえば国語の授業で、話し合いの単元があります。グループで話し合いましょう、学級全体で話し合いましょう、という学習です。そこでは、話し合いの進め方、意見の出し方、まとめ方などを学びます。

では、その学習が終わったあとに、学級会でお楽しみ会について話し合うことになったとします。子どもたちは、国語で学んだ話し合いの方法を、そのまま学級会で使えるでしょうか。

教師の側から見ると、「国語でやったのだから、学級会でも使えるはずだ」と思いたくなります。しかし、実際にはなかなか難しいのです。

なぜなら、子どもたちの中では、国語の話し合いと学級会の話し合いが、別の文脈として認識されているからです。子どもたちは「国語の勉強として、話し合いを学んだ」と捉えています。一方、学級会は国語の文脈ではありません。

すると、子どもの中ではこうなります。

「国語では話し合いのやり方を習った。でも、学級会の話し合いのやり方は習っていない。」

これは子どもの努力不足ではありません。ある文脈で身につけた知識や技能を、別の文脈に置き直して使うこと自体が、認知的に難しいのです。

もちろん、感覚のよい子は自然につなげられるかもしれません。しかし、多くの子どもにとっては、「国語ではやったけれど、学級会ではやっていない」と分かれてしまう。ここを前提に授業を考える必要があります。

バラバラに見える活動を、同じ思考行為として見直す

では、この転移の難しさをどう乗り越えるのか。

その鍵が、QNKSという言葉です。

QNKSの基本図
QNKSの基本図

国語の話し合い単元をよく見ると、多くの場合、子どもたちは意見を集め、それらをグループ分けし、構造化し、みんなが納得できる形で整理していきます。

これは、QNKSで見ることができます。

書くことの単元も同じです。作文を書く、俳句を作る、作品に表す。これらも、材料を集め、それらを構造化し、文章や俳句などの形で表現していく活動です。

つまり、話し合いも、作文も、俳句も、表面的には別の単元に見えます。しかし、その奥では「材料を集め、組み立て、形にして出す」という同じ思考行為が働いています。

にもかかわらず、子どもにとってそれらがバラバラに見えるのは、それらを統一する言葉がないからです。

俳句の単元では、子どもは「俳句の作り方」を学びます。作文の単元では「作文の書き方」を学びます。話し合いの単元では「話し合いの仕方」を学びます。

しかし、それらを「QNKSを使って考えを創り出している」と捉えられるようになると、見え方が変わります。

今日はQNKSを使って話し合う。 今日はQNKSを使って俳句を書く。 今日はQNKSを使って作文を書く。

このように認識できるようになると、子どもは活動名ではなく、思考行為の側から学習を捉えられるようになります。

QNKSは、抽象概念でありながら具体的な行為です

ここで大切なのは、QNKSがただの抽象語ではないということです。

「教科横断的に考えましょう」 「学び方を学びましょう」 「思考力を育てましょう」

これらは大切な言葉ですが、そのままでは子どもにとって具体的な行為になりにくい場合があります。分かるけれど、できるようにはならない。知っているけれど、場面が変わると使えない。そういうことが起こります。

QNKSの強みは、広い抽象概念でありながら、具体的な行為と結びついている点にあります。

問いをもつ。 必要な情報や材料を抜き出す。 それらを組み立てる。 自分なりの形で出す。

これは、子どもが実際に練習できる行為です。だからこそ、単なる理念ではなく、「今日はこの場面でQNKSを使うんだね」と捉えられるようになります。

QNKSは、教科を越えるための合言葉であると同時に、子どもが手を動かして練習できる行為概念です。

教科や活動は、QNKSを置くフィールドになる

QNKSで見ると、各教科や各単元は、別々の思考方法を一から学ぶ場所ではなくなります。

作文は、QNKSを作文というフィールドに置く活動です。 俳句は、QNKSを俳句というフィールドに置く活動です。 話し合いは、QNKSを協働的な場面に置く活動です。 体育は、QNKSを運動の場面に置く活動です。

QNKSの詳細図
QNKSの詳細図

こう捉えると、子どもの認識は大きく変わります。

「作文の書き方を初めて習う」のではなく、「今まで練習してきたQNKSを、今回は作文というフィールドで使う」と考えられるようになります。

「学級会の話し合いはまだ習っていない」のではなく、「話し合いでもQNKSを使えばよい」と考えられるようになります。

ここまでくると、教師が「お楽しみ会について話し合います」と言ったときに、子どもから「先生、QNKSを使えばいいんだね」という言葉が出てくる可能性があります。

それは、子どもが学習内容を丸暗記したということではありません。自分が学んできた思考方法を、別の場面に置き直せるようになってきたということです。

教科横断とは、教科を薄めることではありません

ここで誤解してはいけないのは、教科横断とは、各教科の固有性を薄めることではないという点です。

体育であれば、中心は運動です。国語であれば、言葉を通して考え、表現することが中心です。俳句には俳句のよさがあり、作文には作文のよさがあり、話し合いには話し合いのよさがあります。

QNKSは、それらを全部同じものにしてしまうための言葉ではありません。

そうではなく、それぞれの活動の中に共通して働いている思考の流れを見えるようにする言葉です。教科の内容や活動の質を保ちながら、その中にある学び方の見方・考え方を子どもに手渡していくための言葉です。

だから、体育でQNKSを使うということは、体育を国語のようにすることではありません。体育の中に、すでに他教科で育ててきた思考の方法を生かすということです。

運動量を落とさず、しかし子どもがただ動くだけで終わらないようにする。そのために、考える場面でゼロから話し合いの技術を教え直すのではなく、これまで練習してきたQNKSを使う。そういう位置づけです。

言葉があるから、子どもは自分の学び方を持ち運べる

学習の転移を起こすためには、「前にも似たことをしたよね」と教師が言うだけでは足りません。

子ども自身が、別々に見える活動を同じ思考行為として認識できる必要があります。そのためには、共通する言葉が必要です。

QNKSという言葉があることで、子どもは自分の学び方を名づけられます。

今、自分は問いを立てている。 今、自分は材料を抜き出している。 今、自分はそれらを組み立てている。 今、自分は考えを出そうとしている。

このように言語化できるからこそ、別の場面でも「あのときのやり方を使えばよい」と気づきやすくなります。

学び方を学ぶとは、単に勉強のコツを教えることではありません。自分がどのように考え、どのように材料を扱い、どのように表現しているのかを、子ども自身が捉えられるようにすることです。

その意味でQNKSは、教師が授業を整理するための枠組みであると同時に、子どもが自分の学びを持ち運ぶための共通言語でもあります。

QNKSは、教科の壁を越えるための具体的な道具です

国語で学んだ話し合いの方法が、学級会で自然に使われるとは限りません。俳句で学んだ材料の集め方や組み立て方が、作文で自然に使われるとも限りません。体育で思考を深めようとしても、そこで一から話し合い活動を増やしてしまえば、運動量が落ちてしまうこともあります。

だからこそ、子どもが「これは別の活動だ」と見るのではなく、「ここでもQNKSを使うんだ」と見られるようにする必要があります。

QNKSは、教科や単元の違いを越えて、思考方法を持ち運ぶための言葉です。

ただし、それは抽象的なスローガンではありません。問い、抜き出し、組み立て、出すという具体的な行為として練習できるからこそ、子どもは別のフィールドでも使えるようになります。

教科横断的な学びは、教科を混ぜることではありません。各教科の中で育てた思考方法を、別の場面に置き直せるようにすることです。

そのために教師ができることは、子どもに活動名だけを渡すのではなく、その奥にある思考行為を言葉にして渡すことです。

「今日はQNKSを使って話し合う」 「今日はQNKSを使って俳句を書く」 「今日はQNKSを使って体育の動きを考える」

この認識が育つとき、子どもたちは教科の壁を越えて、自分の学び方を少しずつ持ち運べるようになっていきます。

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