体育のチーム競技では、教師がチームを固定管理するより、成功体験と失敗体験が毎時間混ざる流動的なチーム編成のほうが、技能・思考・関わり方がともに育ちやすい。ただしそこには段階がある。まず2学期のリレーで固定チームのままチームけテぶれに慣れ、その経験を土台にボール競技で流動的編成へと移っていく。さらに学期末には、コートや練習・試合の選択を子どもに任せ、体育の場そのものをけテぶれが高速に一体化する空間へと育てていく。
前提段階:リレーの固定チームでチームけテぶれに慣れる
流動的なチーム編成の話をするとき、最初から「チームを変え続ける」ことを推奨しているわけではありません。2学期のリレーでは、チームを固定したままチームでけテぶれを回す経験を積むことが前提段階になります。
リレーは体育会に向けて始まるため、メンバーが固定されています。この固定性を、チームとしてのけテぶれ実践の場として使います。ノートをグラウンドに持ち出し、タイムを測ってみる(テスト)、そのタイムをチームで分析する、バトンパスのどのペアに練習が必要かを絞る(焦点化)、また走ってみる——こうした往還をチーム全体で繰り返します。
みんなで一つの目標に向かって現在地を確かめながら、練習では焦点化して取り組む。この経験が体育におけるチームけテぶれの土台になります。固定チームだからこそ、同じメンバーで改善の手応えを共有できる時間があります。

けテぶれは「計画・テスト・分析・練習」の4ステップとして学習の場に持ち込まれますが、体育においてもこの構造がそのまま機能します。リレーでのタイム測定が「テスト」、分析ノートへの記録が「分析」、バトンパスの焦点化が「練習」にあたります。固定チームの段階では、この構造を意識的に一歩ずつ踏むことで、チームとして現在地を見取る感覚を養います。
ボール競技へ:流動的チーム編成の実際
体育会が終わり、11月末から12月にかけてボールのチーム競技の単元が始まります。ここから流動的なチーム編成に切り替えていきます。
チームを毎回変えるといっても、無作為に行うわけではありません。 まず「この競技が得意」と思う子に手を挙げてもらいます。自己申告でかまいません。挙手した子たちを顕著に上手い子から順にA・B・C・Dと振り分けていきます。この時点で、得意な子たちが同じチームに固まらないようにばらけさせます。次に残った子たちも同じようにA・B・C・Dで振り分けて、4チームを完成させます。
これを毎時間行います。メンバーが毎回変わります。
習い事でその競技をしている子が複数いるような学年では、技能の差が顕著に出やすい状況があります。そのような環境でも、得意な子を毎回分散させることで、どのチームにも一定の技能が行き渡り、チーム全体として考える余地が生まれます。
流動的チーム編成の狙い:場の質を全体に広げる
固定チームで行った場合、うまくいくチームとそうでないチームがはっきり分かれることがあります。前の時間にうまくいったチームが次の時間もそのまま固定されると、思考も役割も固定化されやすくなります。一方、流動的に組み替えると、前時に成功体験を持ったメンバーと失敗体験を持ったメンバーが毎回混ざることになります。
この混合こそが、単元全体を通じて「促したい思考の場の質」を全体に広げるしくみです。
体育のチーム競技で育てたいのは、技能だけではありません。たとえばサッカーであれば、「団子にならない」「スペースを使う」といったゲーム中の思考の仕方が重要な学びになります。また、勝っても負けても楽しかった、また次頑張ろうという気持ち——スポーツマンシップとも言えるような勝ち負け感——や、苦手な子がいるチームのなかで自分がどう動くか、どう関わるかという経験も含まれます。
これらはチーム全員に共通して育てたい事柄です。特定のチームだけがそれを経験して終わるより、毎時間の組み替えによって繰り返し体験する機会が全員に行き渡るほうが、単元の目標に向かう場の質を高めやすくなります。

けテぶれ・QNKS・心マトリクスという「学びのコントローラー」は、個人の学習の場だけに使うものではありません。チーム競技の体育でも、現在地を確かめながら練習とテストを繰り返す往還が、子どもたちの学びを動かすコントローラーとして機能します。流動的チーム編成は、そのコントローラーをすべての子どもが動かせる場をつくるための教師の設計です。
人間関係の流動性が生む可能性
もうひとつの大きな狙いは、人間関係の固定化を避けることにあります。
チームが固定されていると、前の時間に「うまく動けなかった」「失敗してしまった」という体験が、次の時間の同じメンバーとの関係性の中に保存されてしまいます。その子の振る舞いが、そのチームの中で固定化されやすくなる側面があります。
チームのメンバーが刷新されることで、苦手な子にとってはもう一度チャレンジしてみようかという発想が生まれる可能性が出てきます。以前のチームでうまくいかなかったことが、次のチームでは違う経験につながる余地ができます。
ただし、これは確実な変化を保証するものではありません。チームを変えても怖い気持ちや失敗が続くケースは十分あり得ます。流動的チーム編成は「必ず全員が変わる」仕組みではなく、変化の可能性を広げるための環境設計として位置づけることが大切です。
上手い子たちにとっても、毎回異なる仲間の中で苦手な子にどう関わるか、チームとして何ができるかを考える場になります。得意な子だけが活躍する体育ではなく、得意・苦手が混ざった関わりの中で双方が育つ体育を目指しています。
終盤へ:練習か試合かを子どもが選ぶ場
さらに学期末が近づくと、もう一段階展開します。コートを2〜3面用意し、試合と練習をごっちゃにした場をつくります。どちらをやってもよい、という立て付けです。
コートには意味を持たせます。「このコートは得意な子たちの試合の場」「真ん中は中くらい」「端は苦手な子たちが集まる場」というように分けます。ただし、誰がどのコートに入ってもよく、挑戦先を自分で選べます。上手い子が苦手なゾーンに入ってチームを引っ張ってみる選択も、苦手な子が得意なゾーンに挑戦してみる選択も、どちらも起こりえます。
チームの決め方は、これまでの流動的編成の経験が自然に引き継がれます。必要な人数が集まれば、子どもたちが自分たちで発動してよいということも伝えます。
練習か試合かを選ぶという権限が子どもに渡ることで、自分の現在地を自分で確かめ、次に何をするかを自分で判断する主体性が育まれます。

「練習でこそテストになる、試合でこそ練習になる」という感覚も、ここで生まれます。ひたすら試合を繰り返すことで上手くなっていくという選択も、練習と試合を行き来する選択も、どちらも有効です。自由進度学習というのはこういうことで、様々なフェーズが同時に存在する場に、子どもが自分で居場所を見つけていきます。
「一旦試合してみないと現在地が分からない」——子どもが示すけテぶれ
この場の終盤で印象的な場面があります。運動があまり得意でない女子グループが、「一旦試合をやってみないと、自分たちの現在地がちゃんと分からない」と言って試合を始めたのです。
まだ練習が足りていないかもしれない、という不安があっても、まずやってみることで初めて現在地が見える——このまさにけテぶれの往還を、子どもたち自身がことばにして実行していました。一旦試合をやってみて(テスト)、分析して、自分たちに必要な練習に移る。「やってみる⇆考える」という往還が、子どもたちの判断の中に根付いていた証左です。
教師が「次は練習をしなさい」と指示するのではなく、子どもが自分で現在地を判断して動く場として体育が機能し始めている。こういう場面を見たとき、体育も面白くなってくるな、と感じます。
けテぶれが高速に一体化する場
けテぶれを最初に伝えるとき、計画・テスト・分析・練習を分割して、一歩ずつ踏むように教えます。しかし没頭した場の中では、この4ステップが瞬間的に一体化して高速に回り始めます。
試合の中で「ここはこうすればいい」と瞬時に判断する(計画)、実際に動いてみる(テスト)、うまくいかなかったと気づく(分析)、もう一度試みる(練習)——これがリアルタイムにぐるぐると回っています。もう計画もありテストもあり分析もあり練習もあり、ということが瞬間でいろんなことが動いている状態です。
これは分割して手順を教えたことが、没頭の場の中でやがて一体化するプロセスです。 けテぶれを段階として積み重ねてきたからこそ、今自分たちがやっていることの解像度が上がる。分割されていた努力が、ひとつの厚い行為として感じられるようになります。
フローにだんだん近くなっていく、という感覚がここに生まれます。没頭状態のなかで自分が上手くなっていくことを実感できる瞬間です。けテぶれはノートの上だけで完結するものではなく、こうして体を動かす場の中でも同じ構造が動いています。
教師のデザインを外していく
流動的チーム編成のプロセス全体を通じて一貫しているのは、教師がデザインを外していく発想です。
最初は教師がチームを振り分けます。得意な子をばらけさせ、コートの意味を伝え、練習と試合の両方を置く。しかしそのデザインの目的は、子どもが自分で選び、動き、判断できる場をつくることにあります。学期末に上手い子が苦手チームに入ってみる選択をしたり、苦手な子が挑戦ゾーンに踏み込む選択をしたりするとき、教師の事前設計はすでに子どもの判断に引き継がれています。
信じて、任せて、認める——体育の場でもそれが成立するとき、技能・思考・関わり方のいずれもが同時に育つ体育になっていきます。