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QNKSとけテぶれを往還させ、学びを設計する

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QNKSは「知る・考える」を、けテぶれは「やってみる・できる」を主に担います。この二つは補い合う両輪であり、どちらかだけで完結させては学びが止まります。算数・理科・社会・国語・道徳・体育など、あらゆる教科の授業設計において、QNKSで整理した学びを必ずけテぶれによる実行や表現へ接続することが求められます。また、子どもたちが今やっている活動をQNKSやけテぶれの言葉でラベリングすることで、教科を越えて学び方の筋が一本通り、教師も子どもも落ち着いて学べる環境が生まれます。

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QNKSを「知った」だけでは、螺旋の半分しか回っていない

QNKS連続講義を聞き続けた方は、すでに「QNKSを知っている」状態にあります。しかしその状態は、螺旋上昇のうち最初の一段——「知る」のフェーズにいるにすぎません。

「知る、やってみる、できる、語りできる」という螺旋上昇の構造で考えたとき、次に必要なのは自分でQNKSを書いてみる・使ってみるというやってみるのフェーズです。その後、「できる」になって初めて「語りできる」、つまりなぜそうなっているのか・どういう意図意味があるのかを語れる段階に至ります。インプット的な学びとアウトプット的な行動を両輪にすることが、学びを実践者として深めていくための第一問いです。

これはそのまま子どもたちへの指導にも当てはまります。講義で学んだこと(知る)を実際に授業でやってみる(けテぶれ)へ接続して初めて、考えることとやってみることが回り続ける構造になります。

QNKSとけテぶれの役割分担

QNKSが担うのは「知る・考える」の領域、けテぶれが担うのは「やってみる・できる」の領域です。

QNKSの構造は「問い(Question)・抜き出し(Nukidashi)・組み立て(Kumitate)・整理(Seiri)」の四段階です。問いを立て、情報を抜き出し、関係を組み立て、整理する——この一連の思考プロセスが、知ること・考えることのゾーンを支えます。

一方のけテぶれは「計画・テスト・分析・練習」です。計画して実際にやってみて(テスト)、振り返って(分析)、また練習する。このサイクルは「やってみる・できる」の領域と親和性が高い。

けテぶれとQNKSの関係
けテぶれとQNKSの関係

だからこそ、「QNKSを回した後はけテぶれ」という連動が生まれます。子どもたちがQNKSで整理した学びを、けテぶれとして実行へ移すこと。そのやってみる⇆考えるの循環が、自分の指導空間にどれだけ含まれているかを見取ることが、教師の設計眼になります。

教科別に見る——QNKS→けテぶれの連動

算数・理科:単元を見渡し、実験・問題演習へ

算数や理科では、まず単元の最初の段階で単元全体を見渡すQNKSをします。そこからけテぶれに入り、算数であれば実際に問題を解くこと、理科であれば実験を実行することがけテぶれのフィールドになります。単元の終わりには再びQNKSでまとめる——この往還が基本の設計です。

単元末のQNKSをそのままで終わらせず、「やってみる」への出口も設けると学びが深まります。たとえば、テストに加えてわら半紙一枚を配り、単元の学びを何も見ずに論理構造図として書き上げる時間を設けることで、考えたことを実際に表現するパフォーマンスとして接続できます。評価(カラーテストへの加算など)を工夫することで、子どもたちに目指しがいも生まれます。

社会:教科書のQNKSを、フィールドでのけテぶれへ

社会は「やってみる・できる」のフィールドを設定しにくい教科でもあります。しかし社会科見学や街探検のような外への学びがまさにそのフィールドになります。

日々の教科書を読んで考えて理解するQNKSが、社会科見学という外の学びへの計画にどうつながるか——この意識が重要です。見学先では、それまでで培った教科の幹と知識技能を実際の場に応じて活用します。帰ってきたらまたQNKSで総括する。この往還が社会科における学びの構造です。けテぶれ的なフィールドは教室の外側と接続されているという社会科の特性を踏まえながら、知識を適用・活用する場としてフィールド体験を位置づけていきましょう。

国語:QNKSを学ぶ場として、言語活動でけテぶれへ

国語はQNKSの考え方を最も直接的に学ぶ場です。学習指導要領でも言語活用能力は学びの基盤となる資質能力として位置づけられており、QNKSはその思考構造と深く重なります。

教材文を読んで表現技法や論理の構築について学ぶのは「知る」のフェーズ。次の単元でその学びを活用して作文・スピーチ・話し合いをするのが「やってみる」のフェーズです。国語の単元設計を「知る単元→やってみる単元」と意識的に連続させることで、QNKSとけテぶれが自然に行き来します。 明示的に「今からけテぶれをやります」と言わずとも、指導者が「今はやってみる的なフィールドになるな」という見方考え方を持って当たるだけで、子どもへの言葉かけに一本筋が通ります。

道徳:週一回のQNKSと、日々の生活けテぶれ

道徳の立て付けを確認しておきましょう。週1回の道徳の時間は、日常的な道徳指導を総括・強化する場として設定されています。つまり日々の生活指導との連動が前提です。

この構造に合わせると、道徳の時間はQNKSが主役——知る・考える・深め合う時間です。道徳内容4観点に関して哲学的に深め合い、考えることに集中する。その学びをけテぶれに接続するのが「日々の生活そのもの」です。道徳で考えたことを実際の生活のなかで試し、振り返る——それを構造化したものが「生活けテぶれ」です。

生活けテぶれシートはまさに、道徳(QNKS)と日々の生活実践(けテぶれ)を意図的につなぐ設計になっています。週1回のQNKSと毎日のけテぶれが行ったり来たりする構造が、ここに現れます。

体育:けテぶれが主役だが、計画と分析でQNKSがつながる

体育はやってみる要素が強い教科です。その分、けテぶれとの親和性が高い。ただし、けテぶれをよく見ると「計画(考える)・テスト(やってみる)・分析(考える)・練習(やってみる)」という構造があり、けテぶれ自体のなかにもやってみる⇆考えるの往還が含まれています。

体育という場でも、計画と分析を意識的に位置づけることで、考えてやってみる・考えてやってみるというサイクルが1時間の中に生まれます。 たとえば国語と体育を意図的に連動させ、国語でQNKSを回し、体育でけテぶれを回す設計も有効な発想の一つです。

NとKが、書けない子に思考の足場を与える

QNKS基本図
QNKS基本図

道徳の授業でよく起こる問題があります。哲学的で抽象的な問いに対して、「問いに対する答えを文章として書きなさい」という指導になってしまうと、書けない子が続出します。道徳が苦手、という状態が生まれやすいのはこの構造にあります。

ここにQNKSの足場としての力があります。大きな問いに対して、まず抜き出し(N)段階でキーワード一つを書くだけでいい。 「これかも」というキーワードを一つ書ければ、それが思考の起点になります。抜き出し(N)→組み立て(K)という段階があることで、いきなり文章を書けない子にも思考を外に出す足場が生まれます。

「問いからいきなり整理(S)として文章に書きなさい」という指導は、この階段を飛ばしているために子どもが「書けない」と感じてしまう構造です。書くということは、頭の中が可視化されるということです。思考が見える形でアウトプットされて初めて、他者との哲学的な対話が成立します。段階的な足場があることで、子どもたちが「書けない・苦手」と感じる状態から引き戻されるわけです。

活動をラベリングすることで、全教科に筋が通る

やってみる⇆考えるの往還
やってみる⇆考えるの往還

子どもたちはすでにQNKSもけテぶれも「やっています」。教科書の流れ自体がそういう構造になっているからです。

大事なのは、今やっている活動にラベルを貼ることです。

「今、問いに向かい合っているんだね」「情報を集める段階だよね」「組み立てる段階だよね」「整理する段階だよね」——こうした言葉かけをするだけで、子どもたちは自分の学びの現在地がわかります。「今はけテぶれでいうテストをやっているんだよね」「計画の段階だよね」という声かけも同様です。

QNKSとけテぶれという2本の補助線を引くと、教科をまたいで雑多に見えていた学びに秩序が生まれます。社会でやったことは国語でも使える、国語でやったことが道徳でも使える——内容としては未知でも、方法としては既知という状態が心理的安全性を生みます。 子どもも教師も、同じ枠組みで全教科をつなげて捉えられるようになる。そうなると教師は一本筋を通した指導ができ、子どもたちは先生の言葉を「全部このことを言っているんだな」と受け取れるようになります。

QNKSのK——論理構造図を「美しく」仕上げる

QNKSの組み立て(K)は、単なる情報整理ではありません。縦と横の関係を意識しながら論理の構造を図化していく、構造思考のトレーニングです。

縦の関係は順列・因果、横の関係は並列——この二次元の配列で論理の構造を表すことで、脳内の思考構造に近い形で情報を可視化できます。一次元(上から下へ流れる箇条書き)から始め、縦横の抽象度を意識してレイヤーを揃えていくことで、図化としての論理構造図が仕上がっていきます。具体と抽象を行き来しながら抽象度を操作していくこと——それはまさに構造思考であり、「賢い人はどう考えるのか」という問いへの実践的な答えでもあります。

ピアノの練習で上手く弾けたとき美しい曲になるように、論理構造図も上手に組み立てられたとき「美しい」と感じる瞬間があります。論理構造図の組み立てには、構造を見出す気持ちよさ・美しさが伴います。 まずは教師自身がその感覚を楽しんでみることが、子どもたちへの実践を豊かにする入り口になるでしょう。

QNKSとけテぶれを渡すことの意義

最終的に、QNKSとけテぶれという枠組みを子どもたちに「手渡す」ことの意義はここにあります。

教科に埋没した個別の学びが、「学び方の見方・考え方」として一本筋になる。算数でも理科でも国語でも道徳でも、考えるときはQNKS、やってみるときはけテぶれという構造で自分の学びを捉えられる。その枠組みを持つ子どもは、新しい内容に出会ったときにも「知るのフェーズだな」「次はやってみるだな」と自ら学びをデザインできます。

教師にとっても同様です。「QNKS(考える)を回した後はけテぶれ(やってみる)」という一言を授業設計の軸に置くことで、全教科の指導に一本筋が通ります。やってみる⇆考えるが自分の指導空間にどれだけ含まれているかを問い続けること——それが、学びをデザインする教師の出発点です。

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