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子どもが学習の地図を自分で描くとき

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単元ごとに教師が用意して渡してきた「大計画シート」を、子どもたち自身に作らせてみた。突発的なチャレンジから見えてきたのは、単元全体を俯瞰し、横の進度と縦の深まりを自分で捉えながら学習を進める力の芽生えだった。自己調整学習でいう「予見」「遂行」「省察」の三段階が、ようやく子どもたちの手にすべて渡りつつある。その喜びと、まだ「書かされている」段階であることへの冷静な視点を記録する。

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大計画シートとは何か

毎単元、教師が用意して子どもに渡してきた「大計画シート」。B4サイズの紙を切り、ノートに貼れる形に仕立てたものです。上半分には単元名・教科書のページ・各ページの小さな学習のまとまりが並んでいます。子どもはそれぞれのページに対して「やってみる」「できる」「語りできる」「作る」という四段階のマークをつけながら、自分の到達度を記録していきます。

下半分にはカレンダーがついており、今日からテストまでの残り日数が見渡せる仕組みになっています。

大計画シート
大計画シート

「できる」とは、教科書を見ずにそのページの内容を答えられる状態のこと。けテぶれで繰り返しテストし、分析し、練習して、100点が取れることで「できる」と判断します。さらにその上の「語りできる」は、なぜそうなるのかを言葉や図で解説できる状態です。算数なら図で説明できることを一つの目標にしています。

こうして大計画シートは、横にどこまで進んだか(ページの進度)と、縦にどこまで深まったか(到達段階)の両軸を一覧できる学習の地図として機能しています。

突発的なチャレンジが生んだもの

ある単元の最初に、そのシートを用意し忘れてしまいました。「先生、大計画シートをください」という声に応えながら、ふと思いました——これは、子どもたちに自分で作らせる好機ではないか、と。

「一から自分で大計画シートを作ってみるチャレンジ」として、単元の最初に取り組んでもらいました。

これが非常に豊かな実践になりました。まず気づいたのは、シートを作る過程で子どもたちが自然と単元の範囲を通読するという点です。何ページから何ページまでが今回の範囲で、それぞれのページがざっくりどういう内容なのか——それを確認しながら見出しをつけなければシートが作れません。一部の子はもともと「導入QNKS」として単元の教科書を先に読むことの大切さに気づいていましたが、今回はシート作成という課題が、全員にその認知活動を自然に促しました。

単元を始める前に単元全体の地形を把握しておく——この「先行オーガナイザー」の構築とも言える認知的な準備が、その後の学習をずっと意味のあるものにしていきます。別の言い方をすれば、単元大計画シートを作ることそのものが、予見段階を支える学びになっているということです。

縦の深まりを見ずに進まない

大計画シートのもっとも重要な価値は、横に進むだけでなく、縦に深まっているかどうかを問う点にあります。

「やってみる」の欄に全部丸がついた——それで単元が終わった気になってしまう。これが「薄っぺらいできる」に騙される罠です。実際には、やってみただけの状態では、そのページの内容を自分のものにしたとはまだ言えません。

偽物のできる君と本物のできる君という言い方をしています。自分の頭の中にしっかりと積み上がっているかどうかを確かめながら進む——それが本物のできるへ向かう道筋です。

「やってみる」の次は「できる」、さらに「語りできる」、そして「作る」。習得から活用、そして探究へ向かう縦の段階が、大計画シートの上に可視化されています。単元全体を見渡しながら、一歩一歩その縦の深まりを積んでいく——それがこのシートの本来の使い方です。

自己調整学習の三段階と大計画シートの位置づけ

自己調整学習の理論では、学習者のプロセスを「予見」「遂行過程」「省察」の三段階で捉えます。

これまでの実践では、遂行過程にけテぶれとQNKS(問い・抜き出し・組み立て・整理)が対応してきました。繰り返しテストし、分析し、練習していく過程——これは子どもたちが自分でかなり動かせるようになっています。

けテぶれ大サイクル
けテぶれ大サイクル

省察の段階には、プラス・マイナス・矢印・びっくりマーク・?・☆の六つの視点で学習を振り返る「3+3観点の振り返り」が対応しています。一週間ごとに大きな振り返りをし、そこから大切なことをカードに抜き出す実践です。これも子どもたちが自分で動かせるようになってきています。

残っていた段階が「予見」でした。予見とは何か——単元で何が求められ、どのページに何が書いてあって、どの期間内に仕上げなければならないか。「仕上げる」とはどういう状態か、そこでけテぶれやQNKSを使って何をどう進めるのか——これらを学習前に自分で描けているかどうかです。

今回、子どもたちが大計画シートを自分で作れたということは、この予見段階も自分の手に渡ったことを意味します。 予見・遂行・省察の三段階がすべて子どもたちの手に渡るとき、初めて「自律した学習者として駆動している」と言える状態に近づきます。長年かけて積み重ねてきたパズルのピースが、ここでパチッとはまったような感覚がありました。

学習力はピアノ的スキル——使わないと鈍る

子どもたちにこう問いかけました。「けテぶれ的な学習力は、ピアノ的スキルか自転車的スキルか、どちらだと思いますか?」

自転車は一度乗れるようになれば、何日乗らなくても体が覚えています。久しぶりに乗っても普通に乗れる——自転車はそういう類のスキルです。

一方、ピアノを本格的に練習している人には「1日休んだら3日分下手になる」という感覚があります。けテぶれ的な学習力は後者です。使わないと鈍る。

これは実際の現象として見えています。今の学年でしっかり習慣化していた子が、次の学年で別のクラスになったとき、そういった思考をほぼしなくなってしまうことがある。担任の違いによるものか、本質的な定着の問題かはさておき、「消えている」という現象は確かに起きます。

だからこそ、毎日の授業の中でこういう思考を発動し続けることが大切です。同時に、授業の中で発動しているスキルは、先生がいて仲間がいてその文脈の中に掘り込まれているから回せているとも言える——その可能性を忘れてはいけません。

宿題のフィールドが問うもの

授業の中でできていることは、まだ授業の文脈に支えられている可能性があります。

先生がいて、クラスの雰囲気があって、その空間に掘り込まれる中で「発動させられている」状態——それは主体的に取り組んでいるように見えても、能動的に参画させられているにすぎないかもしれません。完全に自分のものになっているかどうかは、まだ分からないのです。

そこで「リトマス試験紙」として機能するのが宿題のフィールドです。家に帰ったとき、学校という文脈から離れたとき、自分でけテぶれノートを開いて計画を立て、やってみて、分析できているか——そこが問われます。

長期休暇にも自分でそれを続けられている子は、確かに頼もしい存在です。一方で、授業ではできているのに家ではまったくそのスキルが発動しないとしたら、来年度には綺麗さっぱり消えてしまう可能性があります。自分が学びのコントローラーを握っているはずの場面——宿題、休み時間、長期休暇——でこのスキルが自然に動いたとき、初めてそれは本当の意味で自分のものになった、と言えます。

大計画シートが書けたことは素晴らしいことです。ただし、今はまだ「書かされている」段階かもしれない——そのことに自覚的になってほしいということを、子どもたちに伝えました。書けることが確認できた。だから次は、書かされるのではなく、自分で書こうとする場面でそれが発動するかどうかが問われます。

学習の地図を自分で描く世界線へ

「最初に地図を描くみたいな感じで、その地図を自分で作れる世界線に、だんだん移行していっているんだな」——そう感じた実践でした。

これまでは教師が地図を用意して渡していました。でも子どもたちはもう、自分でその地図を描けるところまで来ている。単元全体を見渡して、横の進度と縦の深まりの両軸を意識しながら、「何をどこまでやるか」を自分で計画できる——その状態に近づいています。

ノート1ページを使えばこういう表が書けます。「いつ何時でもこういうことができる状態」をスキルとして身につけておいてほしい——そう語りかけました。4年生以降もずっと、自分の力で学習の地図を描き続けてほしいのです。

予見・遂行・省察の三段階が子どもたちの手に渡るとき、自律した学習者としてのエンジンが完全に動き始めます。けテぶれ実践を重ねてきた年月の中で、今年は特に「全部のピースが揃った」と感じる実践に出会えました。突発的なチャレンジが、長年の問いに答えをくれることがある——そういう実践の喜びを、改めて感じています。

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