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形成的評価と活動システムで見る、深い学びの評価

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「評価」というと、子どもに点数や判定を下す行為として捉えられがちです。しかし学習科学の視点では、評価とは学習を促進するための行為であり、指導と評価は表裏一体として機能します。教師が子どものパフォーマンスを観察・解釈し、語りによってフィードバックを届ける一連の営みこそが形成的評価の実体です。さらに「活動システム」の枠組みを用いると、協働的な学びや自由進度学習が成立するための構造を具体的に整理できます。学びのコントローラー・ルール・協働体・分業が揃って初めて、教師が子どもたちに学びを委ねられる状態が生まれます。

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評価とは、学習を促す行為である──形成的評価の再定義

「評価」という言葉を聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。テストで何点だったか、あの子は理解できているか、そうした判定・判断の行為として捉えている方が多いかもしれません。しかし学習科学が示す「形成的評価」は、この捉え方とは根本的に異なります。

形成的評価の本質は、評価という行為そのものが、子どもたちの学習を促進するという確信の上に成り立っています。点数をつけることが目的なのではなく、その評価行為を通じて子どもの学びが前進するという構造が大切なのです。

この捉え方を理解する上で、「指導と評価の一体化」という言葉が手がかりになります。コインには表と裏がありますが、それは「一体となってコイン」です。それと同じように、指導するという行為そのものが評価でもあり、評価するという行為そのものが指導でもあるという構造として理解することが大切です。

評価と指導を別々の作業として分けて考えるのではなく、教師が子どもに関わる行為のすべてが、同時に評価であり指導でもある。そういう視点に立ったとき、日々の授業における教師の一つひとつの関わりに、大きな意味が生まれてきます。

教師自身が「学び方の構造」を持つこと

形成的評価を実践するためには、教師が「認知・観察・解釈」という3つのプロセスを踏む必要があります。

認知とは、教師がそもそも指導対象について深く知っていること。観察とは、子どもたちが今どのようなパフォーマンスを出しているかを見ること。そして解釈とは、観察した事実の背後にある子どもの思考や感覚を読み解くことです。

なかでも「認知」の段階には、明確な前提があります。

> けテぶれをやれない人はけテぶれ指導できないし、QNKSを回せない人はQNKSの指導ができない。心マトリクスで世界を見られない人は、心マトリクスで世界を見るような指導ができない。

これは当然のことのように聞こえますが、見落とされやすい点でもあります。形成的評価を実践するということは、教師が「学び方の構造」を自分自身で使える状態で持っていることが前提なのです。

けテぶれ(計画・テスト・分析・練習)や、QNKS(問い・抜き出し・組み立て・整理)、心マトリクスといった学びのコントローラーを、教師自身が体感を持って使っているからこそ、子どものパフォーマンスを観察したときに「この子は今、どのあたりを使おうとしているのか」「ここでつまずいている」という解釈が可能になります。

学びのコントローラー
学びのコントローラー

学びのコントローラーとは、子どもたちが教科の学習対象に向かっていくときに使う道具の総体です。子どもが「なんとなく」学習している姿からは、どんな学び方の構造が動いているかは見えません。教師が学びのコントローラーを知り、それを子どもに示し、子どもがそれを使う姿を観察する。このサイクルがあって初めて、形成的評価の「観察」が意味を持ちます。

フィードバックは「発掘」である──語りによる意識化

認知・観察ときたあとの「解釈」こそが、フィードバックの核心です。

子どもたちは、「なんとなく」学習しています。なんとなく問題を解き、なんとなく友達と話し合い、なんとなく気づきを得ています。そのなんとなくの中に、実は子ども自身がまだ言語化できていない素敵な価値判断や感覚、判断の軸が潜んでいます。

フィードバックとは、そうした子どもの無意識の領域を掘り起こす行為です。「あなたは今こういうふうに考えて、こうやっているんだよ」と教師が語ることで、子どもは「あ、そういえば自分ってそういうふうに考えてやってたな」と気づき、初めてそれが意識に上ります。

意識に上った瞬間から、その感覚や判断は子ども自身の学習を向上させるリソースになります。

これが「指導と評価が一体となっている姿」でもあります。教師が「こういうふうに解釈したよ、どういうふうに考えたの?」と語りかけることで、子どもは自分の学びの事実に気づき、次の学びへと駆動される。評価が判定として機能するのではなく、次の学びを促す力として機能する。それが形成的評価の実態です。

教師の認識枠としての QNKSルーブリック × ICAP

形成的評価の文脈で有効なツールとして、QNKSルーブリック × ICAPがあります。QNKSの問い・抜き出し・組み立て・整理という思考の枠組みと、学びへの関与の段階(受動的・能動的・構成的・対話的)を重ね合わせることで、子どもの学びの質を教師が認識する枠組みになります。

QNKSルーブリック × ICAP
QNKSルーブリック × ICAP

ただし、ここで注意が必要です。このルーブリックは教師の認識枠として持っておくことに大きな価値がありますが、そのまま子どもたちに渡す万能ツールではありません。特に小学生を対象にする場合、この表を子どもに見せて「自分を評価してみなさい」というのは、かなり難しい手立てです。

子どもたちの学びのコントローラーにするためには、もっと具体化し、メタファーに乗せる必要があります。学びの木、心マトリクス、学びの海といった、子どもが実感を持って使える形に翻訳して初めて、それは子ども自身の自己評価・自己調整の道具になります。

QNKSルーブリック × ICAPは、教師が子どものパフォーマンスを解釈するための内側の認識枠。子どもに渡すときは具体的な学びのコントローラーへと翻訳すること──この区別は押さえておきたいところです。

活動システムという視点──協働体を構造として見る

ここからは、学習を個人の問題としてだけでなく、集団・協働の次元で捉える枠組みとして「活動システム」を紹介します。

活動システムの基本は、主体・対象・学びのコントローラーの三角形です。主体は子どもたち、対象は各教科の学習内容、そして学びのコントローラーがけテぶれ・QNKS・心マトリクスといった道具群です。子ども(主体)が学習内容(対象)に向かっていくとき、その間に学びのコントローラーが介在します。これがなければ、子どもたちは学習対象に対して「ただ向かっている」だけになってしまいます。学びのコントローラーが子どもたちをつなぎ、深い関わりを可能にするのです。

この構造は、学習理論が示す「参加のメタファー」とも呼応します。学びのコントローラーが介在することで、子どもたちが学習対象に主体的に参加する構造が生まれます。

主体的対話的で深い学び
主体的対話的で深い学び

そしてこの三角形の下には、集団・協働の次元を支える3つの要素があります。ルール・協働体・分業です。

ルールは、その集団において何が求められ、何が正しい姿とされるかを定義するものです。明文化されたものだけでなく、マナーやモラルとして暗黙に共有されているものも含まれます。協働体は、同じ対象に向かって活動する人の集まりです。クラス全体という大きな単位から、班や対話グループという小さな単位まで、さまざまな規模で生まれます。分業は、その協働体の中で役割が明確になった状態であり、ただ仕事を分けるだけでなく、認知的な意味での関係性を結びながら、全員で学習成果に向かっていく構造です。

協働体の葛藤は、改善の契機である

活動システムを用いると、協働体の中で生じる「ギクシャク」を分析する視点が得られます。

たとえば、複数人で旅行を計画するとき、Aさんは「せっかくだから質のいいホテルに泊まりたい」と思い、Bさんは「安ければ安いほどいい」と思っている場合を想像してください。これは主体と主体の間に生じる葛藤であり、活動システムの「要素内の葛藤」です。さらにその葛藤は費用の上限というルールとの間にも波及し、集団全体の構造に影響を与えます。これが「要素間の葛藤」です。

こうした葛藤は、避けるべき問題ではありません。協働体の活動システムには、当初から不透明な葛藤が潜んでいることが少なくありません。 それを丁寧に分析して洗い出し、その解決を協働体に参加している子どもたち自身に委ねることが、活動理論の視点から見た改善の本質です。

「うまくいかない」という状況は、子どもたちが自分たちのあり方を振り返り、改善の知恵を絞るための素材になりえます。教師がすべて解決してしまうのではなく、子どもたちが自分たちの活動システムを自分たちで見直せるように支援することが、より深い学びの土台となります。

自由進度学習・協働的な学びが成立する条件

自由進度学習を取り入れようとするとき、「好きな場所で、いろんな人と関わっていいよ」と子どもたちに委ねるだけでは、多くの場合「仲良し同士でしか関われない」という状態が生まれます。これは子どもたちの問題ではなく、協働体を機能させるための前提が整っていないことが原因です。

協働体が成立するためには、次のことが共通認識として共有されている必要があります。

  • 何を対象とするのか(学習の目的・目標)
  • 何を学びのコントローラーとして使うのか
  • どんなルールのもとで関わるのか
  • どのような分業が起こり得るのか

これらが子どもたちの間に共有されていない状態で「自由にどうぞ」と言っても、協働体を自分たちで作ることはできません。結果として、仲の良さという基準だけが協働を判断するものになってしまいます。

教師の役割は、この前提条件を整えることです。 目的・目標・手段(何を使うか・どんなルールか)をきちんと定義し、子どもたちがそれを共通認識として持てるように支援する。その準備が整って初めて、「協働体に任せる」「子どもたちが自分たちで改善する」という自由進度の本質的な姿が生まれます。委ねるためには、委ねられる状態を作る。この順番が、自由進度学習を深い学びとして機能させる上で欠かせません。

活動システムが進展するということ

こうした構造が整い、教師が子どもたちの協働体を支援し続けると、やがて変化が起きます。最初は仲良し同士だった学び合いが、自分たちの必要に応じて、またはフェーズに応じて、いろんな関わり合いを生むようになっていきます。

当初は特定の相手としか関われなかった協働体が、共通の対象・学びのコントローラー・ルール・分業を持つことで、より多様な関わりが生まれる。活動理論の研究者たちはこの変容を「活動システムが進展していく」と表現します。

班活動、会社活動、生活けテぶれ──こうした場面において、子どもたちが自分たちの活動をちゃんと変容させていく姿は、教室の中でも観察されます。その変容を支援することが、教師の深い役割と言えるでしょう。

まとめ──評価と活動システムを通じた見取りの枠組み

形成的評価と活動システムは、「教師が子どもの学びをどう見取るか」という共通の問いに向かっています。

形成的評価では、教師がまず学び方の構造(認知)を持ち、子どものパフォーマンスを観察し、語りによってフィードバックを届ける(解釈)という流れが核心です。活動システムでは、主体・対象・学びのコントローラーの三角形に加え、ルール・協働体・分業という集団次元の要素を見取ることで、協働的な学びや自由進度学習が成立する構造を分析できます。

どちらも、教師が「学び方の構造を持っている」ことを起点にしています。けテぶれ・QNKS・心マトリクスのような学びのコントローラーを自分自身が使えること。その上で子どもを観察し、語りかけ、委ねる。この一連の営みの中に、深い学びを評価し、支援するための本質が宿っています。

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