心マトリクスは、縦軸にやってみる⇆考えるの発揮度、横軸に他者へ向かうか自分へ向かうかというエネルギーの方向を置き、心の状態を4つのゾーンで可視化する図です。その本質は「心を善悪で裁く表」ではなく、子どもが自分の現在地を見つけられる「心の地図」にあります。教師の価値観を言葉と図にして教室に掲示することで、教師と子どもが同じ方向を見ながら現在地を確認し、次の一歩を考えられる場が物理的に生まれます。
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心マトリクスとはどんな図か
心マトリクスは、縦軸と横軸の2本の軸で構成される図です。縦軸を「自分軸(行動軸)」、横軸を「太陽軸」と呼び、この2軸が交わることで心の状態を4つのゾーンとして整理します。
心マトリクスの価値は、心を良し悪しで裁くことではなく、どの状態にも自分を見つけられる地図を共有する点にあります。学校教育の現場では「心を扱う」というと、とかく道徳的な評価や指導になりがちです。しかし心マトリクスは、そうした価値判断より先に「今自分はどこにいるか」を確認するための共通の座標軸として機能します。これが、この図の根本にある発想です。
縦軸と横軸の構造
縦軸は、やってみる⇆考えるという動き方の発揮度を表します。上の方向が「考えて動く」状態、下の方向が「考えない・動かない」というダラダラゾーンです。考えて動いているとき、月パワー・太陽パワーが発揮されるとも表現されます。別の言い方をするなら、縦軸は「能動的に活動しているかどうか」の軸であり、失敗したか成功したかという行動の有無でもあります。
横軸は、そのエネルギーをどちらに向けるかという方向性を表します。右側が「信じて、任せて、認める」、左側が「疑い、管理し、否定する(自分ばかり)」という向きです。右に傾けるということは、他者に向かってやってみる⇆考えるというエネルギーを発射することです。左に傾けるということは、そのエネルギーを自分の内側に向けていることです。

縦軸と横軸のそれぞれをどちらに傾けるかによって、4つのゾーンが生まれます。右上は「星」(キラキラ生き生き)、右下は「花」(穏やかに受け入れる状態)、左上は「イライラ(月)」、左下は「ブラックホール」です。
4つのゾーンをどう捉えるか
右上「星」と右下「花」
右上の「星」ゾーンは、他者に向かって考え・動くエネルギーが発揮されている状態です。導入初期は「星を目指そう」という合言葉から始めることが多く、それはそれで自然な入り口です。
右下の「花」は、信じて・認めるという方向にいるものの、動き・考えることが少ない状態です。「まあいいか」「仕方ないよね」とすんなり受け流してしまう姿とも重なります。花っぽいゾーンは穏やかではありますが、それ以上の一歩が出にくい状態でもあります。
左上「イライラ(月)」
左上は、自分に向かってやってみる⇆考えるのエネルギーが高まっている状態です。一見するとネガティブに見えますが、このゾーンには独特の力があります。
たとえば研修の場で管理職から批判的な態度を取られたとします。「なんで分かってくれないんだ」「もっと伝えてみせる」という気持ちが湧いてくる。この怒りは、確かに自分ばかりに向かうエネルギーです。しかし同時に、自分の中に着火が起きているとも言えます。そのエネルギーを、自分の主張を磨くこと・行動することに使うとき、このゾーンは自分を内側から動かすパワーゾーンに変わります。
「一旦自分ばかりな感情になるのは確かだが、一旦自分を着火するという意味では、すごくいいゾーンだ」という見立ては、ネガティブな状態を観察した上での実感です。右側の「信じて・認める」で流してしまうより、左上のエネルギーをやってみる⇆考えるへとつなげていくことで、自分の中から大きな力が出ることがあるのです。
左下「ブラックホール」
左下は、自分ばかりの感情を抱えながらも考えない・動かないという状態が深まっていくゾーンです。「自分が正しいのに」と言い続けながら、自分の論も行動もブラッシュアップしないまま停滞する姿が典型です。以前は「卵の殻」という表現も使われていたように、自分の殻に閉じこもって外に出られなくなっていく状態です。ダラダラとブラックホールがつながっていくと、そこから抜け出せないという感覚にもなっていきます。
このゾーンを「消してはいけない」理由については、後の節で詳しく触れます。
教師の価値観を「外化」する意義
心マトリクスがなぜ必要なのか。その意義の核心は、教師が「当たり前」と思っている価値観を言葉と図にして外化し、子どもたちと共有できるようにすることにあります。
「人のために動こう」「自分で考えて動こう」という価値観は、多くの教師がもつ感覚です。しかし「当たり前だよね」と内側に留めておくだけでは、それが子どもたちとどこまで共有できているかはわかりません。私たちは「人格の完成」という目的のもとで目の前の子どもたちを育てる存在です。そうであれば、自分の中にある価値観を、明示的に、誰の目にも見えるかたちで提示していく必要があります。
心マトリクスに注目が集まるのは、思考を文字にして図にして外に出しているからです。頭の中にある当たり前を、物理的な形として教室に置くこと——このプロセスそのものが、この実践の核心といえます。
「同じ方向を向く」という物理的な実装
心マトリクスを教室の壁の正面・中央に貼るという実践には、非常に具体的な意味があります。
掲示された図がなければ、「一生懸命にやらなきゃいけない」「友達に優しくしなきゃいけない」という語りかけは、教師が子どもに向かって正面から話しかける構図になります。教師と子どもは相対しています。
しかし心マトリクスが貼ってあれば、「今あなたはあそこだよね」と指差すことができます。このとき、教師と子どもの目線は同じ方向に揃っています。 教師は子どもの横に寄り添い、ともに同じ図を見ながら現在地を確認するという構図が、物理的に生まれます。
「伴走する」「同じ方向を向く」という言葉はすでに教育界に広まっています。しかし、実際の教室の一場面として具現化しようとしたとき、「具体的に何をすれば?」という問いにはなかなか答えが出ません。心マトリクスを貼るという行為は、その問いへの一つの明確な答えです。「気持ちの問題だけでなく、物理的に同じ方向を向く」ことを実装する手段として機能します。絵に描いた餅を眺め続けるのではなく、実際に教室の中で具体化すること——これが意図としてあるわけです。
8種類の言葉という共通言語
心マトリクスが持つもう一つの大きな意義が、8種類の言葉を子どもたちが共有できるようになることです。「星」「花」「イライラ」「ブラックホール」、そして「信じて・任せて・認める」「疑う・自分ばかり」「考えて動く」「考えない・動かない」——これらのラベルと感覚が共有されることで、子どもは自分の感情や行動を他者に説明できるようになります。
8種類の言葉を使えば、多くの自分の現象・行動・感情は説明できてしまうというのは、子どもの情動表現を支えるうえで非常に大きな意味をもちます。「なんかわからないけど気分が悪い」という状態が、「今私はブラックホールのあたりにいるかもしれない」と言えるだけで、気持ちは落ち着く方向に動き始めます。言葉をもつことが、他者との共有と自己の安定につながるのです。
これは学び方の見方・考え方としても機能します。自分の気持ちや行動のパターンを、共通の言葉で観察・説明できることは、学習への向き合い方を自分で調整していくための土台にもなります。共通言語があるということは、教師と子どもの間の語りの質を変えると同時に、子どもたち同士がお互いの状態を言葉で共有できるということでもあります。
ネガティブなゾーンこそ必要な理由
心マトリクスを公開した当初、「嫌な状態まで図に示す必要があるのか」という声が上がることがありました。しかしネガティブなゾーンを消してはならない理由は明確です。
取り乱しているとき、子どもはしばしば「自分だけが枠の外に出てしまったような」孤独感を覚えます。誰にも分かってもらえない、言葉にもできないという状態は、その孤独をさらに深めます。そのとき、図の中にブラックホールというゾーンがあり「自分は今ここにいる」と見つけられることで、子どもは落ち着くことができます。
「左下にちゃんと自分が見つかるっていうことが本当に安心する」という子どもの声は、この仕組みの本質を端的に示しています。地図にない場所にいる感覚から、地図の上のどこかにいる感覚へ。「宇宙に一人ぼっちだよ」という感覚ではなく、地図が「そこだよ」と教えてくれることで一旦落ち着ける——これがネガティブなゾーンを示し続ける理由です。
ネガティブなゾーンを示すことは、そのゾーンを奨励することではありません。どこにいても「あなたはここにいる」と認めることができる——それが心マトリクスを「裁く表」ではなく「地図」として機能させる核心です。
導入初期から成熟した理解へ
心マトリクスを学級に導入した最初の段階では、「右上の星ゾーンだけが素晴らしく、他はダメ」という見え方から子どもたちは出発することが多いです。それで構わない、というのが重要な視点です。最初は「星を目指そう」という合言葉でよいのです。
しかし1年間の学びの中で、子どもたちはさまざまな感情を経験します。頑張っているのにうまくいかない。強く感情が揺れ動く。自分の中のエネルギーが思わぬ方向に向かう。そうした経験を心マトリクスの中に見ていくうちに、「どのゾーンにも良い面と悪い面がある」「使いこなしていくことが大切だ」という気づきが少しずつ育っていきます。
これは単純な目標達成の物語ではありません。現在地を確認し、現在地からの一歩を考えるという自己省察の繰り返しが、学びの深さと広さを生んでいくプロセスです。「自分が自分らしくあるあり方を追求させていかなければならない」という教育の根本から見たとき、心マトリクスは右上への到達を求める道具ではなく、どのゾーンの自分も視野に入れながら一歩を考え続けるための地図として機能し続けます。