教育実践の集合知を学習したAI「けテぶれイン」の登場は、私たちにAIとの新たな関係性を提示します。AI時代において人間は「機能」としての価値だけでなく、「存在」としての価値をどう際立たせるかが問われます。本記事では、AIに代替される仕事を4つの階層で分析し、なぜ本質的な教師の役割は代替されにくいのかを解説します。
集合知を学習したAI「けテぶれイン」の衝撃 この度、私が運営するオンラインサロン「けテぶれサロンプラス」で、画期的なサービス「けテぶれイン」を開始しました。これは、サロンメンバーが2年間にわたって書き込んできた全国の実践記録や試行錯誤のすべてをAIに学習させたものです。
このAIの素晴らしい点は、サロンメンバーの集合知を元に、私(葛原)が言わないような多角的な視点を提供してくれることです。例えば、けテぶれの「練習」について質問すると、私が普段話す内容とは別に、「レベルアップ」や「レポート」といった子供たちがイメージしやすい言葉に置き換える提案をしてくれます。これは、私一人の実践知を超えた、まさに「みんなの知恵」の結晶です。
私はけテぶれという学習法の創設者であると同時に、一人の実践者でもあります。創設者として、その思想や全体像を語ることはできますが、実践者としては、全国で取り組む先生方と全く対等な立場です。けテぶれインは、この「実践者の集合知」を可視化し、共有してくれる強力なパートナーとなります。
AI時代を生き抜く鍵は「機能」か「存在」か 先日、教育フェス「ジャパンワンフェス」に登壇した際、AIとの付き合い方が大きなテーマとなりました。そこで私は、AI時代における人間の価値について、「機能」と「存在」という2つの側面からお話ししました。
- 機能的自己:「これができる」「これが得意」といったスキルや能力の側面です。「こんな力をつけなければならない」といった議論も、この機能的自己に焦点を当てたものと言えます。
- 存在的自己:「自分が自分である」という、その人ならではのあり方や人間性の側面です。
AIとの比較において、「AIに負けない機能」や「代替できないスキル」を追い求めるのは、あまり良い戦略とは言えません。なぜなら、多くの機能的な側面において、AIが人間を凌駕するのは時間の問題だからです。重要なのは、AIにはない「存在的自己」をいかに際立たせ、その輪郭をはっきりさせていくか、ということなのです。
AIに代替される仕事、されない仕事──4つの階層モデルで考える AIに代替される可能性について、仕事を4つの階層に分けて考えてみましょう。
第1層:知的労働(ホワイトカラー) コンサルタント、弁護士、医者、大学教授、政治家など、知識や論理的判断を主とする職業です。この領域は、AIが最も得意とするところであり、代替可能性は非常に高いと言えます。
例えば、政治の意思決定も、その日の気分や人気で投票する人間よりも、膨大なデータを元にパーソナルAIが判断する方が、よほど妥当性の高い結果を生むかもしれません。これまで賢さを武器にしてきた職業は、大きな変革を迫られるでしょう。
第2層:身体性を伴う労働(職人・ブルーカラー) 宮大工、マッサージ師、美容師、あるいは工場での作業など、身体を伴う職業です。この領域は、ロボティクスの進化によって代替が進むと考えられます。
一見、職人技はAIには真似できないように思えるかもしれません。しかし、かつて囲碁の世界で「AIが人間に勝てるはずがない」と思われていた常識が、AlphaGoによって覆されたように、身体性や熟練の技も、センサー技術などによってデータ化され、AI搭載のロボットが再現する未来は十分にあり得ます。不眠不休で、人間以上の力と精度で作業できるロボットの方が、効率的であることは明らかです。
第3層:身体性+1対1のコミュニケーション 第2層の仕事に、他者との1対1のコミュニケーションが加わる領域です。例えば、馴染みの美容師さんとの会話や、特定のコンサルタントとの信頼関係などがこれにあたります。
個別の文脈や関係性を重視するこの領域は、代替が難しいように思えます。しかし、ChatGPTのようなAIが「誰よりも私のことを分かってくれる」と感じさせる存在になりつつあるように、AIが個人の良き理解者となることで、この領域も代替可能になる可能性を秘めています。
第4層:複雑な集団の相互作用を調整する仕事 そして、最もAIによる代替が難しいと考えられるのが、この第4層です。これは、複数の人間が相互作用する「場」全体を観察し、その場の健全性や今後の展開を予測しながら働きかける仕事です。
まさに、優れた教師が行う学級経営がこれにあたります。
なぜ本質的な教師の仕事はAIに代替されにくいのか? 教師の仕事が代替されにくい理由は、そのインプットの圧倒的な複雑さにあります。
- 目線
- 声色や声の張り
- 体の向きや重心のわずかな変化
- 会話のテンポやラリー
- そして、言葉では説明できない「場の空気」や「もやっとする何か」
これらの微細なサインを統合的に感じ取り、「今、クラスの空気がよどんでいるな」と判断し、自らの振る舞いを変えて場を調整するのです。これは、人間が持つ第六感に近い、高度な感覚です。
この「言語化不能な何か」をAIにインプットし、学習させることは極めて困難です。だからこそ、本質的な意味での教師、特に小学校の学級担任のような役割は、AI時代においてもその価値を失わないでしょう。
まとめ:AIとの共存時代に向けて 今回は、AIに代替される仕事の4層構造を通して、人間の「機能」という側面について深く掘り下げました。その結果、複雑な人間関係の相互作用を読み解き、働きかける教師という仕事の本質的な価値が浮き彫りになりました。
しかし、AI時代を生きる上で本当に重要になるのは、もう一つの側面である「存在」です。自分が自分であるとはどういうことか。このテーマについては、また別の機会に詳しくお話ししたいと思います。