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選挙から見えた社会の変容と、これからの教育で本当に大切なこと

内側主体性自己理解直感的思考人生を舵取りする力

最近の選挙は、旧来の権力やメディアへの不信感が表れた社会の変化を象徴しています。

情報がカオス化するVUCAの時代では、外部の情報に惑わされず、自分の内なる感覚を頼りにすることが重要になります。

これからの教育では、子供たちが自分自身と向き合い、自らの手で幸せを築く力を育むことが求められます。

選挙が映し出した「旧来の構造」への不信感 先日行われた兵庫県知事選挙の結果を見て、心マトリクス的な観点から社会の大きな変化を感じました。

今回の選挙は、特定の政策が争点になったというよりも、旧来の既得権益や権力層、そして「オールドメディア」と称される既存メディアの偏った報道に対する、人々の拒絶感が大きく表れた選挙だったように思います。

これまでの国民生活の中で積み重なってきた「何かおかしい」という違和感。多くの人がメディアの質の低下を感じ、テレビを見なくなるなど消極的な抵抗はしてきましたが、その不信感をどこにぶつければ良いのか分からない状態が続いていました。

市や議会に対する不満はあっても、リコール運動にまで発展させるほどのエネルギーを起こすのは容易ではありません。しかし、不満や不信感は確実に存在していました。

今回の選挙は、そうした行き場のない不満や不信感が発露する、一種のカタルシスとして機能したのではないでしょうか。これまでの社会を構築してきた旧来の構造が破壊され、新しい動きが生まれた瞬間だったと感じています。

共通認識の崩壊:「メディア」という装置の瓦解 今回の選挙であらわになったのは、オールドメディアの瓦解です。

今や「メディアが言っていることは悪で、メディアが悪と見なすものが善である」というような、一種のナラティブ(物語)まで生まれています。これは、これまでのメディアの行いが招いた結果であり、ある意味で仕方がないことなのかもしれません。

この現象は、社会の地盤が大きく揺らぐ大地震のようなものです。かつて、テレビチャンネルが数個しかなく、どのチャンネルを点けても同じような情報が流れていた時代、メディアは国民の共通認識(共同幻想)を形成する強力な装置でした。

しかし、そのコントロールはもはや効かなくなっています。「Aが正しく、Bが間違っている」という共通認識を意図的に作り出すことが不可能になったのです。

その一方で台頭してきたのが、カオスな情報空間であるSNSです。そこでは何が正しく何が間違っているのかが非常に曖昧で、個人がどの情報を信じ、採用するのかを常に考え続けなければならない社会に突入しています。

VUCAの時代を生きる子供たちとAIの台頭 まさに、予測不可能で曖昧な「VUCA」と呼ばれる時代が到来したのだと実感します。私たちがこれまで印象だけで語っていた「VUCA」という言葉の本当の意味を、今目の当たりにしているのかもしれません。

子供たちは、これから間違いなくこの社会を生きていきます。そして、この混沌とした社会は、今後さらに二転三転していくでしょう。

このようなカオスな情報の氾濫を処理するのに最も得意なのは、言うまでもなくAIです。 そう遠くない未来、AIが世論を分析し、政策決定や社会の意思決定に大きく関わる存在として台頭してくることは容易に想像できます。

それは良い悪いという話ではなく、必然の流れでしょう。しかし、その先に「AIの判断は全て正しく、人間の判断は間違っている。AIの言う通りにすることが社会のモラルである」というような、ディストピア的な未来が訪れる可能性はないでしょうか。

変化の時代だからこそ「自分の内側」に目を向ける 外部の情報ばかりに目を向けていると、何が何だか分からなくなり、その混乱を利用されてしまいます。

だからこそ、私が一貫して訴えているのが、自分の内側に目を向けることの重要性です。

社会がいかに複雑に変化しようとも、決して変わらない一点があります。それは「あなたがあなたである」ということです。その事実さえも「自分なんてない」と砕け散らせてしまう生き方を選ぶのかどうかも、また個人の選択です。

しかし、これからの時代、自分の内側に渦巻く直感願いが、本当に大切になってくるはずです。もはや、そこしか頼るものがないと言っても過言ではありません。

  • これは気持ちいい
  • これは楽しい
  • これは豊かだ

そういった自分自身の内的な感覚をきちんと感じ取り、その感覚に基づいて自分の世界を自分で実現していく。それこそが、これからの時代を生き抜くための、唯一の拠り所になるのではないでしょうか。

まとめ:内なる「真善美」が導く、豊かで美しい社会へ 既存の世界が崩壊していく様は、人によっては恐ろしい未来に映るかもしれません。しかし私にとっては、非常にワクワクする、アート的で創造的な世界の始まりのように感じられます。

これは私の楽観的な考えかもしれませんが、人間が自分の直感に従い、自分が美しいと思うこと(真善美)を追求して生きる時、そこに悪意が入り込む余地は少ないのではないかと信じています。誰もがそのように生きれば、きっと世界は豊かで前向きで、美しいものになるはずです。

だからこそ、私は教育を通じて伝えたいのです。

自分自身に目を向け、自分について詳しくなり、自分で自分を動かし、そして自分の幸せを自分で作り上げる。

これからの教育で最も大切なのは、子供たちが社会の変化を見通し、幸せな人生を築くために、外側ではなく自分の内側に目を向けさせてあげることではないでしょうか。今回の選挙を通じて、その思いを改めて強くしました。