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なぜあの先生のクラスはうまくいくのか?鍵は「自分らしさ」と「安心感」

安心自分他者自由環境

この記事では、うまくいく先生に共通する資質として、自己肯定感に裏打ちされた「安心感」の重要性を探ります。教師自身の内的な安定が他者への肯定的な関わりを生み出し、それが子どもたちとの良好な関係構築につながるという構造を解説します。そして、教師が「自分らしく」いられるために、職員室にもっと「柔らかさ」と「余裕」を持つことの必要性を提案します。

はじめに:生駒市での伴走型研修を振り返って 先日、生駒市の伴走型研修の総括として、岩本歩夢先生、三野手翔吾さんとオンラインで対談する機会がありました。その中で、お二人から「けテぶれ」が教育現場における「共通言語」として非常に強力に機能しているという評価をいただき、大変嬉しく思いました。

けテぶれ」が机上の空論ではなく、実践されている先生方や子どもたちの様子、そして先生同士の相互作用の中でその価値を実感していただけたことは、私にとって大きな喜びです。

この対談の終盤、話は「なぜかうまくいってしまう先生のパーソナリティ」という、非常に興味深く、そして言語化が難しいテーマへと向かっていきました。今回は、その議論から見えてきた「うまくいく先生の核心」について深掘りしていきたいと思います。

うまくいく先生に共通する「パーソナリティ」の正体とは? これまで、いわゆる「できる先生」の特性をパーソナリティ論で語ることは、再現性が低く、傲慢に聞こえかねないため難しいと感じていました。しかし、最近その正体がおぼろげながら見えてきた気がします。

仮説:根底にあるのは「世界と自分への安心感」 その仮説とは、うまくいく先生の根底には「世界と自分に対する絶対的な安心感」があるのではないか、ということです。これは、自己肯定感自己効力感といった言葉で言い換えることもできるでしょう。

私自身、自己肯定感が高いタイプだと自覚していますが、対談した岩本先生や三野手先生からも同様の雰囲気を感じました。特に三野手先生には、ご自身のことが好きだという安定感からくる独特の「ゆるさ」や「柔らかさ」があり、それが魅力の源泉になっているように思います。

この「安心感」が、教育という分野において極めて重要な影響を及ぼしているのではないかと考えています。

自己肯定が他者肯定につながるロジック この仮説をもう少し論理的に組み立ててみましょう。

1. 自己肯定と他者肯定の連動 * 自己を肯定し、自分は自分で良いと思えている人は、他者に対しても「あなたはあなたで良い」と肯定的に関わりやすくなります。 * 逆に、自己否定が強い人は、他者に対しても否定的な目を向けやすくなる傾向があります。

2. 人は肯定的な他者を好む * 人は、自分を否定してくる相手よりも、肯定してくれる相手を好むのは自然なことです。

3. 対人関係職における有利性 * 以上のことから、教師という対人関係が中心の職業において、自己肯定感が高いことは、結果的に他者(子どもたち)からのポジティブな感情を引き出し、良好な関係を築く上で有利に働くと言えます。

クラスがうまくいかない、子どもたちに対してついイライラしてしまうといった悩みは、もしかしたら教師自身が「自分は自分のままで大丈夫」と安心できているか、という内面的な問題に根差しているのかもしれません。

「自分らしくある」ことの重要性と、それを阻む壁 私は研修などで、先生方に「自分らしい先生になってください」とよくお伝えします。これは、先生自身が自分らしく、安心してその場に「在れる」状態にあるとき、子どもたちにも柔らかく接することができると考えるからです。

「自分らしさ」は「社会的な承認」とセット しかし、この「自分らしくある」ということは、決して簡単ではありません。なぜなら、「自分らしさ」の確立は「社会的な承認」と密接に結びついているからです。「お前はダメだ」という圧力が常にかかる環境で、自分らしくいることに心から安心するのは非常に困難です。

子どもたちの世界であれば、教師が意図的に、誰もが承認されるような環境をデザインすることが可能です。しかし、大人の世界、特に職員室という場では、そうした環境を意図的に作ってくれる存在はなかなかいません。

大人が「安心感」を得るための処方箋 では、私たち大人はどうすれば自分自身の安心感を育むことができるのでしょうか。いくつか方法はあると思いますが、私が特に重要だと考えているのは以下の2つです。

  • 好きなことをやる
  • 嫌なこと、違和感のあることはやらない

特に後者の「やらない」という選択は、自分を守る上で非常に強力です。違和感があることを無理に続けると、そのエネルギーは「他者にもそれを強要する」という歪んだ形で現れがちです。「やるべきだから」という義務感に思考が支配されると、心はどんどん硬くなり、他者への不満も溜まっていきます。

もちろん、すべてを投げ出すわけにはいきません。しかし、「やりたいこと」を最優先し、「やるべきこと」や「やりたくないこと」はAIなどを活用して効率的に片付ける、という戦略的な思考が、自分自身の心のバランスを保つ上で不可欠です。

職員室にこそ「柔らかさ」と「余裕」を 「そんなわがままが社会人として通用するのか」という声が聞こえてきそうです。しかし、私はむしろ、その「かくあるべし」という考えへの偏りが、今の教育現場の硬さや不自然さを生み出しているのではないかと感じています。

もっとわがままになっていい。もっと自由でいいのではないでしょうか。

以前、非常に力のある先生方が集まった学年で、全員が自分のやり方で自由に実践しながらも、驚くほど軽やかに連携が機能するという経験をしました。そこには、お互いのやり方を尊重し、誰かがこぼしたボールは気づいた人が拾う、拾えなくても「アハハ」と笑って許せる「柔らかさ」がありました。

もちろん、子どもたちの心身を傷つけるようなミスは論外です。しかし、些細な失敗を笑い飛ばせるくらいの「余裕」が職員室にあれば、その空気は必ず教室にも伝わります。

教室で子どもたちに安心できる空間を提供したいと願うなら、まずは私たち自身が働く職員室の空気感から変えていく必要があるのかもしれません。

まとめ うまくいく先生の根底には、自分自身への「安心感」があります。その安心感は、他者を肯定する「柔らかさ」を生み、子どもたちとの信頼関係を育みます。

そして、その大切な安心感を育むためには、私たち教師自身が「やるべき」という義務感から少し自由になり、「自分らしく」いられる環境を自ら作っていくことが重要です。日々の業務に追われる中で難しいことかもしれませんが、まずは職員室に少しの「余裕」と「柔らかさ」を取り戻すことから始めてみてはいかがでしょうか。

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