けテぶれフェスタin神戸では、実践者の質・量ともに確かな進化が見られました。学年での同時登壇・50人合同授業・全校展開・他手法とのコラボレーションなど、けテぶれが「一教師の実践」を超えて学校の基盤へと溶け込んでいく姿が各地から報告されています。これは、公教育の「学び方」をアップデートするという葛原の目論みが、着実に現実に近づいてきていることを示しています。
はじめに
3月20日の誕生日当日、けテぶれフェスタin神戸が開催されました。体調的には万全ではなかったものの、フェスの内容があまりにも充実していたため、その熱量をそのままお届けしたいと思います。
今回は「フェーズが変わってきた」と強く実感できた出来事について、いくつかの観点からお話しします。
実践者が「抜けない」という事実
けテぶれフェスタには、ゼロから学びたい方から長年の実践者まで、さまざまな方が集まります。今回も石川県など遠方からの参加者がいるほど、全国規模の広がりが見られました。
特に印象的だったのは、参加者の中に「一参加者として来ています」という顔をしながら、実はがっつり実践しているという方がどんどん増えていたことです。
- 席替えのハンドサインで「初めての方」と「実践者」を即座にグルーピング
- 実践者グループが入門者のサポート役を担う形で午前中の解説が進む
これはもはや「葛原が一人で教える場」ではなく、実践者同士が教え合う場へと変化していることを意味します。こうした構造が生まれているということは、けテぶれが本当に多くの先生方の現場に根付いてきた証でしょう。
学年での同時登壇という進化
毎回、初めて発表に挑戦する先生が現れること自体が嬉しいことですが、今回さらに注目したのは「2回目・3回目の登壇者が規模を広げている」という点です。
その象徴が、学年で同時登壇するという形でした。
- 1人で実践してきた先生が、今年度は学年の同僚も巻き込んで発表
- 発表内容が「自分のクラスの実践」から「学年としての実践」へと広がっている
これは単なるエピソードの話ではありません。公教育の構造的な問題を解いているのです。
隣のクラスの先生が急に休んでも、同じ方法論で動いているため、そのまま授業に入れる。
代替授業として大量のプリントを配って時間をつぶすような一日にはならない。けテぶれとQNKSが学年の共通言語になっていれば、先生が誰であっても子供の学びは止まらないのです。
50人合同授業が成立するという驚き
さらに踏み込んだ実践として、25人×2クラスを合体させた50人での授業が報告されました。
なぜ50人でも成立するのか
- 全体指導は「大事な情報を下ろすだけ」であり、25人でも50人でも変わらない
- 個別の巡回・声かけをT1・T2の2名が分担することで、むしろ対応の密度が上がる
- 全体指導の担当を交代することで、先生同士がお互いの指導スタイルを参照し合える
つまり、子供への効果だけでなく、先生同士の相互学習の場にもなっているのです。
> どこを取り上げて、どういうふうに声をかけるか。先生によってそれが違う。それが先生同士にとっても刺激になる。
この言葉が非常に印象的でした。響ける子・反応できる層が先生の指導スタイルによって変わるため、2人がいることで学級全体をより広くカバーできるというわけです。
全校規模での展開
学年レベルの話と並行して、全校規模での実践報告も出てきました。
- 学校全体で漢字・算数のけテぶれを展開している先生によるポスター発表
- 「あなたもここまでやっているなら発表しなさい」と校内で連鎖が起きている
- 義務教育学校(小中一貫校)として、小学校から中学校まで貫いた「義務教育の正解」を出しに行くという気概
さらに、ある学校からは7〜8名が同時参加するという状況も生まれています。一人の先生の熱が同僚に伝わり、学校ごとチームでフェスに来るという形です。これはもう「個人の実践」の次のフェーズです。
プロジェクトアドベンチャーとのボーダーレスな連携
今回、特に「枠組みが溶けてきた」と感じた出来事がありました。
プロジェクトアドベンチャーという、集団へのアプローチを専門に研究されてきた先生が、けテぶれ・心マトリクスを取り入れ、ポスター発表として登壇してくださったのです。
- プロジェクトアドベンチャーを背景に持つため、子供たちへの浸透がきわめて速い
- けテぶれシートをあっという間に書けるようになり、心マトリクスで「スーホの白い馬」を読み解くところまで展開された
この発表の意味は、けテぶれフェスという場が「けテぶれ限定の場」ではなくなってきたということです。異なる手法・入り口を持つ実践者が、それぞれの視点から提案を持ち寄る多様性のある場へと成長しています。
そこで中心に据えられているのが、葛原が「ずっと保証し続ける」というコアの部分です。多様な実践が広がっても、それがバラバラにならないための共通の軸。それがけテぶれの役割です。
けテぶれを「公教育のOS」にするという目論み
今回のフェスタを通じて確信したことがあります。
150年前に設計された公教育のカリキュラムは、国語・算数・理科・社会という「教科の知識技能」を中心に作られています。しかし、時代が変わり、状況が変わった今、子供たちに本当に必要なのは「いかに学ぶか」という学び方そのものです。
どんな教科であっても、どんな指導法であっても、学び方は必要です。けテぶれはその「学び方の基礎基本」を体系化したものです。
- 算数でもけテぶれ
- 国語でもけテぶれ
- プロジェクトアドベンチャーとのコラボでもけテぶれ
教科・手法の枠を超えて、子供たちが自分の学習を自律的に回していくための「OS」として、けテぶれを公教育の基盤に埋め込んでいく。その世界が、着実に近づいてきていると感じた三月の神戸でした。
おわりに
今回のけテぶれフェスタin神戸では、実践者の増加・学年連携・全校展開・他手法とのボーダーレスな融合など、複数の次元でフェーズの変化が起きていることを実感しました。
そして、まだ紹介できていない「特大メインディッシュ」が残っています。次回の放送でお話しする予定ですので、どうぞお楽しみに。