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子どもに任せる授業で教師は何を見るのか

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子どもに任せる授業では、教師の役割が薄くなるわけではありません。むしろ、子どもたちの学力だけでなく、粘って悩み続ける学習力を見取り、その姿を価値づけ、次の学びへつなげる教師の語りが重要になります。

三重での研修授業では、分数の学習に取り組む子どもたちの姿から、「学習としては頼りないかもしれないが、学習者としては頼もしい」という視点が浮かび上がりました。理解の到達だけを見ると不十分に見える場面でも、子どもたちは難しい課題に向き合い、友達に聞き、自分で悩み、試行錯誤を続けていました。

その姿を授業の成果として見取るためには、教師が教材研究・学習研究・哲学研究を重ねる必要があります。現在地と目標点を子どもに渡し、けテぶれやQNKS、けテぶれマップを通して学び方を可視化し、フィードバックによって「次に何をすればよいか」を納得できる形で示すことが、子どもが自分で学びを進める授業につながります。

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学力だけでなく、学習者としての頼もしさを見る

研修授業で扱われていたのは、分数の学習でした。分数のかけ算や図による説明、ノートへの記述、先生への説明など、子どもにとって簡単ではない課題が続いていました。

その中には、教師から見ると「そこではないのではないか」「理解がまだ浅いのではないか」と感じる場面もあります。算数・数学として、より正確で深い理解へ導く必要は当然あります。分数の逆算はどういう意味なのか、図で表すとはどういうことなのか、なぜその手続きが成り立つのか。そうした教材の本質に迫る教師の介入は、決して軽く扱えません。

一方で、その視点だけで授業を見ると、子どもたちの別の姿を見落としてしまいます。

子どもたちは、難しい課題に対して一時間粘っていました。分からなければ人に聞こうとし、分からないままでもノートに向かい、自分の頭を切らさずに試行錯誤していました。学力の到達だけを見ると頼りなく見えるかもしれません。しかし、学習者として見ると、かなり頼もしい姿がそこにありました。

学力はまだ怪しいかもしれない。しかし、学習力は育っている。

この両方を見ることが大切です。学力だけを見ると、「その理解ではだめです」「もっと正確に考えなさい」という力学が強く働きます。もちろん、それも必要です。しかし同時に、「この子たちは、こんなに難しいことに対して一時間粘れている」という見方を持つことで、教師のフィードバックは変わります。

できていない点を責めるだけではなく、粘って悩み続けた姿を価値づける。質問に至るまでの過程を認める。そこから次の一歩を示す。これが、子どもに任せる授業における教師の重要な仕事です。

結果と過程を横に並べて見る

授業では、当然ながら結果を目指します。算数・数学としての理解を深めること、正確に説明できること、問題を解けることは大切です。

ただし、結果だけを追い求めると、過程を教師がすべて詰め込む授業になりやすくなります。先生が分かりやすく説明し、分からなければ補習し、全員を正解に連れていく。その授業で育つ力もありますが、それだけでは育ちにくい力があります。

それが、自分の人生を舵取りする力です。

子どもたちが将来、自分で学び、自分で判断し、自分で道をつくっていくためには、結果に至るまでの過程を自分で紡ぐ経験が必要です。何を学ぶのか。今どこにいるのか。どこへ向かうのか。今日は何をするのか。うまくいかなかったときに、どう調整するのか。

この過程をすべて教師が用意してしまうと、子どもは結果に到達しても、自分で学びを進める力を十分に育てることができません。

だからこそ、現在地が重要になります。

子どもが自分で学ぶためには、今の自分がどこにいるのか、目標点はどこなのか、そこへ向かうためにどんな学び方があるのかが見えていなければなりません。現在地と目標点が見えていないまま「自分で進みなさい」と言われても、子どもは迷子になります。

子どもに任せるとは、放っておくことではありません。現在地と目標点を、子どもが分かる形で渡すことです。

最初の5分と最後の5分で、自己調整を育てる

研修授業では、子どもたちがタブレットのカレンダーを使い、その日にどの内容を学習するのかを計画していました。計画を立て、実際にできたかどうかを確認しながら進めていく姿がありました。

ここで大切なのは、計画を「立てっぱなし」にしないことです。

予定を組んだけれど遅れた。思ったより早く進んだ。今日はどこをやるべきか。自分の現状と照らし合わせながら見通しを立て、調整する。この一連の動きが、自己調整学習の大切な場面です。

授業の最初の5分は、単なる準備時間ではありません。「計画を立てましょう」「立てましたね」「では始めましょう」で終わる時間ではありません。そこでは、見通しを立てる力、調整する力、自分の現在地をつかむ力を育てる必要があります。

たとえば、ある子の計画には「2週目」と書かれていました。これは重要な姿です。単元の終わりまでを均等に割り振って、最後のテスト直前にぎりぎり終わる計画では、分からなかったところに戻る時間がありません。

早めに一周目を終え、二周目で確かめる。試験勉強であれば自然に行うような学び方です。子どもたちも、与えられた時間の中で何をどのように配分するのかを考えられるようになる必要があります。

最後の5分も同じです。単なる片付けや感想記入ではなく、今日の自分の学びを振り返り、どこで悩み、どこが進み、次に何をするのかを見つめる時間です。この最初と最後の5分が、真ん中の学習の質を支えます。

学びのコントローラー
学びのコントローラー

このような学びの時間設計は、子どもに任せる授業の土台になります。自分で選ぶためには、選び方を学ぶ必要があります。自分で進むためには、進み方を見通す必要があります。計画、実行、振り返り、調整を授業の中に埋め込むことで、子どもは少しずつ自立した学習者へ近づいていきます。

教材研究は、子どもに任せるほど必要になる

子どもに任せる授業というと、教師が教材研究をしなくてよいように聞こえることがあります。しかし、それはまったく逆です。

算数・数学に詳しければ詳しいほど、教師は子どもに任せることができます。

子どもたちは、自分がしていることの価値に気づいていないことがあります。無意識のうちに、統合的な考え方を使っていたり、一般化につながる見方をしていたり、図と言葉を行き来しながら意味をつかもうとしていたりします。

その価値を掘り返せるのは、教材の構造を深く理解している教師です。

「今、君たちはこういう価値ある考え方を使っているんだよ」 「この考え方は、別の問題にもつながっていくんだよ」 「算数・数学の面白さは、ここにあるんだよ」

こうした語りは、教材研究が浅いままではできません。子どもに任せる授業ほど、教師には深い教材研究が必要です。

ただし、教材研究だけでも足りません。子どもがどのように学んでいるのかを見取る学習研究が必要です。そして、何をよい学びとするのか、何を価値づけるのかという哲学研究も必要です。

教材研究、学習研究、哲学研究。この教師の研究三位一体があってはじめて、子どもの姿をどう見るか、何を語るか、どうフィードバックするかが立ち上がってきます。

教師の研究三位一体
教師の研究三位一体

教師が「何を語ったらよいか分からない」と感じるとき、その背景には、学習空間をどう説明すればよいかがまだ見えていないという課題があります。教材をどう見るか。学び方をどう見るか。何を価値ある姿とするか。この往還を重ねることで、教師の語りは具体性を持ち始めます。

学習の基盤となる資質能力を、子どもに渡せる言葉にする

学習指導要領や中教審の文脈では、学習の基盤となる資質能力として、情報活用能力、言語能力、問題発見・解決能力などが示されています。

これらは大切な言葉です。しかし、そのまま小学生に渡しても、日々の学習行動にはなりにくいものです。

そこで必要になるのが、子どもに伝わる言葉への翻訳です。

問題発見・解決能力は、子どもにとっては、けテぶれとして捉えられます。けテぶれは、計画・テスト・分析・練習のサイクルです。自分の問題を見つけ、試し、分析し、練習していく。これは、問題を発見し解決していく具体的な学び方です。

一方、情報活用能力や言語能力は、QNKSとして捉えられます。QNKSは、Question(問い)・Nukidashi(抜き出し)・Kumitate(組み立て)・Seiri(整理)のサイクルです。つまり、問いを持ち、情報を抜き出し、組み立て、整理する学び方です。

「情報を活用しましょう」と言われても、子どもは何をすればよいか分かりません。しかし、「問いを持とう」「必要な情報を抜き出そう」「組み立てよう」「整理しよう」と具体化されると、学習行動になります。

学習の基盤となる資質能力
学習の基盤となる資質能力

けテぶれとQNKSは、学習の基盤となる資質能力を、教室で使える言葉に翻訳するための道具です。子どもたちが何年もそれらを合言葉にして学んできたからこそ、いきなり任されたように見える場面でも、粘り強く考え、人に聞き、自分で進める姿が生まれます。

けテぶれマップで、学び方の選択肢を可視化する

子どもに学び方を渡すためには、選択肢そのものが見えている必要があります。そのための道具が、けテぶれマップです。

けテぶれマップは、子どもたちにどのような学び方の選択肢があり、それらがどのような関係でつながっているのかを可視化するものです。

たとえば、教科書を読む。ノートにまとめる。先生の話を聞く。問題をやってみる。できたら次へ進む。ここまでは、多くの自由進度学習で見られる流れです。

しかし、「できたら次へ」だけを繰り返すと、学びは浅瀬を回るだけになってしまいます。丸をもらって次、また丸をもらって次、という反復だけでは、思考は深まりにくいのです。

深まりを生むためには、説明が必要です。

なぜその問題ができたのか。自分の言葉で説明できるのか。先生に説明するだけでなく、友達に説明できるのか。友達が納得できるように言葉を磨けるのか。ここで、子どもは手続きの奥にあるロジックをつかみ始めます。

さらに、問題作りやミニ授業、プレゼンテーションへ進むこともできます。自分が理解したことを、誰かに向けて表現する。相手に合わせて何を話し、何を話さないかを考える。ここには、協働的な学びや探究への入口があります。

一方、できなかったときにも選択肢があります。自分で分析し、練習する。それでも分からなければ、友達と悩む。図にしてみる。言葉にしてみる。質問する。

ここで重要なのは、すぐに「教えて」と言うことではありません。粘って悩む時間に価値があります。ここまで考えたけれど分からない、ここがしっくりこない、だから聞きたい。この過程を経た質問は、ただ答えを求める質問とは質が違います。

けテぶれマップは、子どもが自分の現在地を学び方の視点でつかむための地図です。

教師がこの地図を使って、「今日はどこにいたのか」「どこを行き来したのか」「次はどこへ進めそうか」を語ることで、子どもは学び方を学んでいきます。

浅い自由進度学習で止めない

自由進度学習は、ただ自分のペースで問題を進める学習ではありません。

「やってみる、できる、次へ行く」を繰り返すだけなら、子どもは浅い反復の中にとどまります。タブレットでドリルを進める、丸をもらって次へ進む。それだけでは、思考が深まるとは限りません。

大切なのは、説明、質問、問題作り、探究へと学びを深めていくことです。

できた問題について、自分の言葉で説明する。友達に伝わるように説明する。クラスに向けて問題を作る。単元のまとめを算数新聞や模造紙に表す。下級生が困っていることに対して説明をつくる。こうしたアウトプットが、学習を探究へ接続していきます。

もちろん、すべての子が同じ速度で同じ出口へ向かう必要はありません。早く理解できた子は、単元全体の勘どころをつかみ、まとめて説明することで、一問ずつの説明を省略して先へ進むこともできます。

逆に、分からない子は、図や言葉に戻ることで「できる」に近づくことがあります。分からない子こそ、図にしてみる、言葉にしてみる、友達と悩むという学び方が必要です。

自由進度学習の質は、子どもがどれだけ多様な学び方を使えるかに左右されます。だからこそ、学び方の見方・考え方を教師が整理し、子どもに渡す必要があります。

フィードバックは、姿を価値に変える

子どもに任せる授業では、教師のフィードバックが場を大きく左右します。

たとえば、ある子どもたちが粘って悩み、最後に友達へ質問できたとします。結果だけを見ると、理解はまだ十分ではないかもしれません。ノートにも十分に書けていないかもしれません。

そのときに、「もっとやりなさい」「それではだめです」とだけ返すと、子どもは自分の学びの価値に気づけません。

そうではなく、教師はこう見取ることができます。

「今日は、ここで粘って悩めたね」 「最後には友達に質問できたね」 「この学びとこの学びを行ったり来たりできたんだよ」 「それが今回の学習の成果だよ」

そのうえで、半歩先を示します。

「次は、この学びをノートに書けると、次のチャレンジにつながるね」 「覚えているなら、今書いてみよう」

このようなフィードバックによって、子どもは「ああ、学ぶとはこういうことなのか」と納得し始めます。粘ること、悩むこと、質問すること、書いて残すことが、自分の学びを進める行動なのだと分かっていきます。

ネガティブフィードバックばかりでは、場は持ちません。できていない点を見つけることも必要ですが、それ以上に、子どもの姿の中から価値を見つけ、次の一歩につなげることが重要です。

場のホールドは、威圧ではなく納得と信頼で生まれる

子どもに任せる授業では、場のホールドが非常に重要です。

場のホールドとは、教師が強く統制して子どもを黙らせることではありません。「先生が話すときは絶対に聞きなさい」と高圧的に押さえることでもありません。

本当に必要なのは、教師の語りが子どもに納得されている状態です。

教師が「ちょっと聞いて」と言ったときに、子どもたちが自然に顔を上げる。それは、教師の話を聞くと自分の学びがよくなる、先生の言葉には意味がある、と子どもが感じているからです。

その信頼は、日々の説明力、観察、情報編集、リフレーミングによって生まれます。

まず、教師は学習空間を説明できなければなりません。今この教室では、どんな学びが起きているのか。子どもたちはどんな選択肢の中にいるのか。何が深まりで、何が浅い反復なのか。これを説明できることが前提です。

次に、場を観察する力が必要です。教材研究と学習研究が深まっていなければ、子どもたちが何をしているのか、何を見ればよいのかが分かりません。

さらに、その場で得た情報を編集する力が必要です。子どもたちの姿から必要な情報を抜き出し、頭の中で組み立て、今何を語るべきかを考える。これは教師にとって非常に高度な即興です。

そして、リフレーミングが必要です。頼りなく見える姿を、価値ある姿として捉え直す。できていない姿の中に、次の成長の芽を見つける。粘って悩んだこと、質問できたこと、図に戻ったこと、ノートに残そうとしたことを、学びの価値として語る。

こうした積み重ねによって、子どもは教師の言葉を信頼します。その結果として、場がホールドされます。

場のホールドは、威圧ではなく、納得と信頼の積み重ねで生まれます。

教師は、子どもの現在地を語れる存在である

子どもに任せる授業では、教師が前に立つ時間は短くなるかもしれません。しかし、教師の専門性はむしろ濃く問われます。

子どもがどこで悩んでいるのか。どの学び方を使っているのか。今の試行錯誤は、どんな価値を持っているのか。次に何をすれば、学びが深まるのか。

それを見取り、言葉にし、子どもが納得できる形で返す。これが教師の語りです。

その語りは、思いつきでは生まれません。教材研究によって教科の深まりを見通し、学習研究によって学び方の構造を見取り、哲学研究によって何を価値ある姿とするかを持つ。その三つが重なったところに、子どもの現在地を照らす言葉が生まれます。

子どもに任せる授業ほど、教師は深く見て、深く考え、短く的確に語る必要があります。

学習としては、まだ頼りないかもしれない。けれど、学習者としては頼もしい。その姿を見逃さず、価値づけ、次の一歩へつなげることが、子ども主体の授業を支える教師の仕事です。

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