2024年3月31日、葛原祥太氏が公立小学校教員を退職しました。しかし次の行き先は「どこにもない」。私立校への転職でも、組織への移籍でもなく、一教室で育ててきたけテぶれ・QNKS・心マトリクスの実践構造を100%の力で広げ伝えることに全力を注ぐ決断です。発信を余剰から本職へ転換し、書籍化・講座化・整理された学びの場を作る構想が語られます。挑戦の期間は3〜4年を目安に、「やってみないと分かんない」という誠実な開かれ方で出発しています。
「どこにも行かない」という選択
2024年3月31日をもって、葛原氏は公立小学校の教師を退職しました。こうした知らせが届くとき、多くの人は「私立学校へ転職か」「研究機関や別の組織か」と想像するでしょう。しかし答えは、その予想を正面から外れるものでした。
「どこにも行きません」
次の所属先はない。あえて縛られない道を選んだということです。そのかわりに全力を注ぐ先が、発信活動にあります。
「私が考案した教育実践群を、もう100%の力で広げる、伝えることをやりたくなった」
この一言に、長年の教室実践から積み上げてきた問題意識と確信が凝縮されています。ただの衝動ではなく、成果として繰り返し確かめてきたものを、今度こそ届けるための決断です。
一教室での手ごたえが、出発点にある
葛原氏がけテぶれを開発してから、異動を経て複数の学校で実践してきた中で、ある事実が積み重なりました。教室が変わっても、子どもたちが変わっても、けテぶれは深く浸透し、楽しく力強く学びを進める姿が現れた。「けテぶれが滑った年はない」とはっきり言い切れるほどの手ごたえです。
この経験が、一つの確信を育ててきました。
「担任が直面する状況は、地域を問わずかなりの部分で共通している。ということは、私がここで成果を上げてきた実践構造を受け取りさえすれば、同じような成果が得られる教室・先生というのは多くあるんじゃないか」
実際に多くの先生が同じような子どもたちの姿を教室で見て、「教師って最高だな」と感じ直したという声が届いていました。「あなたの発信を見なかったら教師を辞めていた」という言葉も、一つや二つではなかったと言います。
一教室で検証された実践構造は、地域や学校の差を越えて届けられる。 その可能性を信じるからこそ、今がそこに全力を注ぐときだという判断に至りました。
余剰でやってきた発信を、本職に変える
これまでの発信スタイルを、葛原氏はこう振り返ります。
「持てる力の100%は教室に注がれる。発信するのは101%、102%、110%という超過した領域でやってきた」
教室実践と発信活動はベン図のように重なる部分こそあるものの、発信のためのリソースはすでに限界を超えたところで捻出してきた。のんびりと自分の見えた世界を発信し続けるだけなら、それでもよかったかもしれない。しかし今の勢いと、公教育が置かれている状況の深刻さを前にしたとき、「一度どこまでいけるのかを試したい」という気持ちが抑えられなくなりました。
今後は違います。「今まで余剰でやっていたものを100%本職にしようと思っています。その分、質の高いアウトプット、そして構造的なアウトプットを届けていく」。情報量と質が格段に上がることは、これまで熱心に聴いてくださってきた方にとって、最も直接的に伝わる変化です。

けテぶれとQNKSは、やってみる実践と、それを深める思考とが互いを駆動する関係にあります。この両輪が教室で機能するとき、子どもたちの学びは「やらされる」ものから「自分で進める」ものへと変わっていきます。発信が本職になることで、この関係性をより丁寧に、より体系的に伝えられるようになります。
けテぶれだけでない──QNKSと心マトリクスも届ける
現在、書籍化されているのはけテぶれに集中しています。しかし葛原氏が広げたいのは、それだけではありません。
「QNKSや心マトリクスも、ここでやっと書籍化や講座化をして、確実にちゃんと学べるシステム・仕組みを作るチャレンジです」
「けテぶれを学びたいけれど、どこから入っていいか分からない」という声が多く届いていたことも語られています。入口の「交通整理」と、確実に学べる経路の設計が、次の課題として見えています。

けテぶれ・QNKS・心マトリクスは、それぞれが独立したテクニックではなく、子どもたちの学びを内側から駆動する「コントローラー」として機能します。このコントローラーの全体像を、書籍化・講座化というかたちで整えることが、今後の活動の柱のひとつです。自分で学び方を考え、調整し、進んでいける子どもたちの姿を、より多くの教室で実現するために。
挑戦の期間──「やってみないと分かんない」という誠実さ
葛原氏が語る挑戦には、見通しと不確かさの両方が正直に含まれています。
活動期間の目安となっているのは3〜4年です。その背景には、兵庫県に設けられている離職再採用制度があります。教職を離れても、条件が整えば再採用される可能性が残っている。また、家庭でも子どもが小さく、奥さんが職場復帰するにあたって、自分が家にいられる時間を確保するという側面もあると率直に語っています。いくつかの事情が重なって、この時期に全振りする条件が整いました。
ただし、この挑戦の先が成功確定の物語になるわけではありません。「法人格を立てるのかとか、本当に出たとこ勝負です。やってみないと分かんない」という言葉が、その姿勢を正直に表しています。目的は明確に持ちながら、展開の細部は動きながら更新していく。 実践者として自らがやってみる⇆考えるを体現するような出発の仕方です。
また、公立の先生に二度と戻らないかどうかも、現時点では分からないと明言されています。退職は公教育との決別ではなく、今この時期に全力を注ぐための選択として語られています。
有料化は手段、目的は公教育への還元
活動を続けるには、経済的な土台が必要です。今後は有料のコンテンツも配信していくことになると葛原氏は述べています。
ここで大切なのは、有料化の意味をどう読むかです。
「食べていかなきゃいけないので、お金が回らなくなったらこんな100%振るなんてことはできない」
有料コンテンツの配信は、活動を継続するための現実的な手段です。公教育の現場に実践を届けるという目的を守り続けるために、活動が経済的に回り続ける必要がある。その順序から語られています。
金儲けを目的にした転向ではなく、目的(公教育への実践の還元)を実現し続けるための手段として有料化がある。 この順序を逆に読まないことが、宣言の真意を受け取るための鍵です。
葛原書房──Voicyを「本」として職員室へ届ける
宣言と同日に発表されたのが、「葛原独立号企画 第一の矢」として立ち上げられた葛原書房です。
Voicyでは150回を超える放送が積み上がっています。一回あたり20〜30分という長さもあり、過去の放送は埋没しやすい構造になっています。葛原書房はこの問題に応えるサービスです。Voicyの内容を文字起こしし、音声だけでは伝えられない画像もすべて添付したうえで、実際の本のフォーマットに落とし込んでPDFでダウンロードできる。印刷してファイリングすれば、自分だけの一冊が手元に残ります。
特に目立つのが、「公教育の再起を目的に発刊される」という宣言と、それに伴う配布許可の設定です。公教育に限り、職員室内での印刷・配布を許可しています。 職員室内の誰かが購入すれば、そのデータをそのまま印刷して同僚に配布できます。さらに、A4一枚に要約した「配布用の一枚もの」も同時にダウンロードできる設計になっており、もらった側の負荷も考えた作りになっています。
語り(Voicy)という発信媒体で積み上げてきたものを、読める形に変換し、現場の先生が受け取りやすい形で届ける。語りを核にした実践の広げ方の、具体的な一手がここにあります。
今だからこそ、という確信
「公教育は最終フェーズに入っている」という言葉が、宣言の底流に流れています。
今の公教育が抱える揺らぎ、その中でこそ、「学ぶとはこういうことではないか」「考えるとはこういうことではないか」を問い直す実践の価値がある。確かな成果が積み重なっている実践構造を届けることに、今だからこその意味がある。
こうした外側の状況と、「魂の叫びとしてこれをやりたい」という内側の声が重なった結果の決断です。出たとこ勝負、やってみないと分かんない──そう言いながらも、「一度きりの人生、今の勢いがある今だからこそ」という確信がこの宣言を支えています。
ここから届けられる発信は、より深く、より体系的に、より多くの教室へ向けられるものになっていきます。