発信1年目で、けテぶれ・QNKS・心マトリクス・自由進度学習など実践の「教科書」を一通り揃え、基盤を整えました。2年目は、学習科学・哲学・宗教など外部理論と接続しながら実践の見方を深め、発信のレイヤーを一段上げる段階に入ります。同時に「けテぶれラボ」という少人数メンター制の学び合いの場を立ち上げ、学校内で一人で不安を抱える実践者が学校外でも相談できる仕組みを整えます。夏には「オールけテぶれフェスタ」で実践者一人ひとりが主人公として交流する場をつくります。この取り組みの根底にあるのはビジネスや名声ではなく、ただひたすら公教育をよくしたいという動機一つです。
1年目という基盤づくり:教科書を揃えた時期
チャンネルを始めてから1年間、葛原祥太は何をしてきたのか。それを一言で表すなら、「教科書づくり」です。
けテぶれ、QNKS、心マトリクス、自由進度学習、生活けテぶれ、シール手帳——。自分の頭の中にある実践を一つひとつ言語化し、外に出すことに専念した1年間でした。「一旦基本の教科書全部できました」という言葉が端的に表すように、実践者が手にとれる情報としてコンテンツを揃えることに、まずは徹してきました。
VoicyやWebでの発信を通じて積み上げたこれらのコンテンツは、葛原実践に興味を持つ人が「どこから入ればいいか」を迷わずに済む地図になりました。テーマごとに月単位でまとめられた過去アーカイブは、「心マトリクスのことが知りたければ7月回を開けばいい」というように、実践者が自分のペースで入門できる構成になっています。

こうして実践の全体像が言語化され、「教科書を持った学習者たち」が生まれました。それは教室と驚くほど似た状況です。教科書がある。集まる人がいる。そこに葛原がどういう手立てを打つか——それは、自分が教室でやってきたこととかなり似通ってきた、と本人は語ります。この気づきが、2年目の構想を後押ししています。
2年目の発信:外部理論から実践へと折り返す
1年目に「実践の内側」を出し切ったとすれば、2年目は「外側の世界から見たらどうなるか」に向かう段階です。
具体的には、学習科学の分野から葛原実践を見る試みをすでに開始しています。科学的なエビデンスをもとに、なぜけテぶれやQNKSが機能するのかを解説する試みです。根拠を直感に頼りながら積み上げてきた実践が、いつの間にかさまざまな領域の理論と接続されてきた——という自負があります。「外側からの理論を紹介しつつ、そこから自分の実践に戻ってくる」というサイクルが、2年目の発信の軸になります。
さらに重視しているのが、哲学と宗教という領域です。これは意外に聞こえるかもしれませんが、理由は明快です。教師は子どもたちに人生を語らなければなりません。それが仕事の本質だからです。
人間が長い歴史の中で築いてきた「善さへの思考」としての哲学、そして宗教的な概念知を自分の中にインストールしておくことは、教師にとってきわめて重要です。こうした概念知が、実践の語りに奥行きを与え、子どもたちに伝わる言葉の力となっていきます。外部理論を学ぶことは、葛原実践をより深く理解するための回路であり、同時に教師自身が子どもに人生を語るための土台を整えることでもあるのです。
けテぶれラボ:学校外で相談できる仕組みをつくる
2年目の目玉企画として立ち上がるのが、「けテぶれラボ」です。
仕組みはシンプルです。読み放題プランの参加者がDiscordに入り、希望者を4〜5人の少人数チームに振り分けます。そして各チームに、信頼できる実践者がメンターとして1人つきます。
ここで重要なのは、メンターをどう選ぶかという点です。発信を始めて7〜8年、葛原はさまざまな実践者と出会ってきました。実践歴の長さだけでなく、実践の本質性・厚みという意味で信頼できる方々がいます。そうした方々に直接声をかけ、メンターとして参加してもらうという設計です。
1学期間を通じて、2週に1度の割合でチーム内の報告や質疑応答をおこないます。「こういう場面でどうすればいいか」を少人数で相談し合う場を、継続的につくっていきます。
このラボが目指しているのは、学校内で一人で不安を抱える実践者が、学校外でも相談できる仕組みをもつことです。
一人でけテぶれを始めてみたけれど、これで合っているか分からない。学年でやっているけれど、手応えをどう言語化すればいいか分からない。そういった実践者が孤独に悩まないための「学校外のネットワーク」として、このラボは機能します。

この仕組みを語るとき、葛原はある比喩を使います。教科書がある。学習者が集まる。そこにどんな手立てを打つか考える——これは教室でやってきたこととかなり似通ってきました。
1年目で教科書を揃え、2年目で学習者が集まり、そこから実践的な学び合いの場をつくる。葛原はそれを「葛原学級の追体験」とも表現します。教室で培ってきた場づくりの哲学が、オンラインコミュニティの設計に還流してきているのです。自立した学習者が集まる場で、メンターが伴走しながら、それぞれの実践を深めていく——この構図は、教室の縮図でもあります。
オールけテぶれフェスタ:実践者が主人公になる夏
1学期のラボ活動を経て、夏には「オールけテぶれフェスタ」が開催されます。
このイベントで大切にされているのは、葛原が語る場ではなく、実践者一人ひとりが主人公になる場という構想です。
前回のフェスタで最も熱量が上がったのは、ポスター発表でした。全国から集まった実践者がそれぞれのポスターを壁に貼り、互いに見て回り、対話する。前に立った人が説明し、聴衆が聞くという構図ではありません。それぞれが自分の実践の発信者として立つ場です。
「みんなが集まってくれた。みんながちゃんと主人公になれる場をつくりたい」——この言葉の背景には、一貫した確信があります。そもそも公教育の最先端にいるのは、日々教室で子どもたちと向き合っている実践者一人ひとりです。その熱量が最大化されるような場を夏につくります。
入門講座は別の機会に設けます。大阪・東京など複数拠点で2ヶ月に1回のリズムで開催し、けテぶれを初めて知る人が迷わず入れる構図を整えます。フェスタは、すでに実践している人が深め合い、交流し、互いの経験を検証し合う場として機能させます。それが公教育における熱の広げ方として、最も自然で力強い形だと考えているのです。
公教育をよくしたいという一心で
こうした構想を語るとき、その動機はいつもシンプルです。
「もうほんとマジでただひたすら公教育を良くしたいっていう思い一心なんですね」
ビジネスとして資料を売りたいわけでも、コミュニティを拡大したいわけでも、名前を広めたいわけでもありません。公教育のアップデートを、実践者同士の学び合いと場づくりを通じてボトムアップに進めていくこと——それが一貫した動機です。
この視点から見ると、けテぶれラボもフェスタも、同じ方向を向いていることが分かります。発信によって情報が広まり、それを受け取った実践者が学校の現場で動き、その実践者同士がつながり合い、学び合い、互いを後押しする。その連鎖こそが、公教育のボトムアップ改革の実体です。
「やりきったと言って地域の先生に戻る」という夢も語られます。それは逃げ出す夢ではなく、バトンを渡せる状態になった時の姿です。けテぶれが誰かに受け継がれ、名前も忘れられながらも実践が続いていく——そのハッピーエンドを目指して、2年目の取り組みが始まります。
実践者として一歩を踏み出したい方、あるいはすでに実践を続けているが一人で悩んでいるという方にとって、このラボという場は「学校外の同僚」を見つける入口になるかもしれません。