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「疑い、管理し、否定する」が子どもの世界と自己像を壊していく螺旋

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「疑い、管理し、否定する」関わりには、危険を回避する作用があります。しかしその副作用を知らずに使い続けると、薬が毒へと変わります。自律に向かえないという第1層、世界への恐れが伝わるという第2層に続き、第3層では大人の行動様式そのものを子どもが模倣し、他者を疑い管理し否定するようになります。そして第4層では、他者への不信が自分自身への不信へ反転し、自己像の破壊へと向かいます。この螺旋は保護者や教師個人の問題ではなく、社会構造の中で大人自身が不安へと追いやられていることと深く関わっています。処方箋は、子どもを変える前にまず大人が自分の現在地と向き合い、世界と自分自身への安心を取り戻すことです。

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薬にも毒にもなる:副作用を知らずに使い続けること

この連続放送では、「疑い、管理し、否定する」という関わりがもたらす副作用を扱っています。最初に明確にしておきたいのは、この関わりを頭から否定しているわけではないということです。

人生に取り返しのつかない失敗をもたらすような危険を未然に回避するために、疑ったり管理したりすることが必要な場面は確かにあります。本来はそのためにやっているわけですから、作用としての意味は確かに存在します。

問題は副作用です。副作用を知らずに使い続ければ、薬も毒になります

これは「信じて、任せて、認める」という関わりも同様です。どちらにも副作用はあり、どちらが絶対に正しくてどちらが絶対に悪いという話ではありません。両者を適切に扱い分け、子どもとの関わりの中で適切な配分で活かしていくことが大切です。そのためには、両方の副作用をきちんと理解しておく必要があります。

これまでの回では、第1層(疑い、管理し、否定するばかりだと子どもが自律に向かえない)と第2層(その関わりの奥にある大人の世界への恐れが子どもに伝わってしまう)を見てきました。今回は第3層と第4層——この螺旋がどこへ向かっていくかを整理します。

第3層:行動様式そのものが模倣される

第3層が、最も恐ろしい副作用と言えます。

第1層は「その子自身が自律に向かえない」という問題でした。第2層は「大人の内面、つまり世界への恐れや不安が子どもに伝わってしまう」という問題でした。第3層は、その内面からさらに一歩外に出た話です。

内面だけでなく、その内面から発せられる外面——すなわち「疑い、管理し、否定する」という行動様式そのものを、子どもが他者に対して発するようになる。これが第3層の核心です。

考えてみれば当然のことです。不安感を移されてきたなら、その不安感を土台に行動するようになる。「あなたはどうせ人を傷つける」と疑われ続け、管理され、そこから逃れようとするたびに否定されてきた子は、他者に対して同じことをするようになっていきます。これが観察学習として成立してしまいます。

その先に何が起きるか。友人関係がうまくいかなくなります。うまくいかないと、多責的な思考が働きます。なぜなら、自分で自分の行動の責任を取るという体験をそがれてきたからです。多責的に考えるとますます世界が不安になり、だからこそ他者を疑い管理しようとする。その結果またうまくいかない……という螺旋が閉じ、くるくると回り続けます。

ループが閉じるということは、そこでループしてしまうということです。螺旋的に下へ落ちていく構造が成立します。

自律を奪われるとはどういうことか

第3層の理解を深めるために、第1層で触れた「自律」の概念を改めて確認しておきます。

自律とは、自分の行動を自分で受け取り、次の再チャレンジへとつなげることです。失敗したときに「自分は次にどうすればよいか」と考え、そのプロセスを自分で引き受けること——それが自律の基本にある考え方です。

ところが、過剰に管理されてきた子どもは、この体験をそがれています。「すべては大人が決めた活動システムであり、自分の行動原理はその活動システムをいかに発揮するかだけだ」という状態になっているからです。

自分で自分の行動を規定することができない。つまり、外側からコントロールされるだけの生き方になっています。失敗が起きたとき、「自分が次にどうすればよかったか」ではなく、「活動システムに従わなかったから」あるいは「活動システム自体が悪かったから」という方向に思考が向く。これが徹底した多責思考として成立してしまいます。

こうなると、失敗するたびに管理が強化されるだけで、自律的な見直しが生まれません。

できるできない
できるできない

この構造が、第3層で描いたループをさらに強化していきます。第3層と第1層は切り離せない形で連動しているのです。外側からのコントロールが増すほど、他者への責任転嫁が深まり、他者関係がうまくいかず、またコントロールしようとする——という螺旋が回り続けます。

第4層:他者への不信が、自己への不信へ反転する

螺旋の行き着く先が第4層です。

他者を信じられない、世界が不安だ——その状態が積み重なった先で何が起きるか。他者への不信が、自分自身への不信へと反転します。「他者が信じられない、世界が不安だ」という状態から、「自分が信じられない、自分であることが不安だ」という徹底的な変容へとつながっていきます。

外の世界への恐れとして始まったものが、自分の内側へと向いていく。これが第4層の本質であり、深い生きづらさと自己像の破壊へとつながっていきます。

この4層の構造は順番に積み重なるものでも、どれか一つだけが独立して起きるものでもありません。互いに連動し、螺旋をなして深まっていきます。1層目で自律が育まれなければ、多責思考が強まり、他者不信が深まり、最終的に自己不信へと到達する。この全体の流れを理解してはじめて、副作用の恐ろしさが見えてきます。

保護者や教師を責める話ではない

ここまで読んでいただくと、「保護者が問題なのか」「教師が悪いのか」という印象を持つ方もいるかもしれません。しかし、そうではありません

現代社会では、大人たちが構造的に不安へと追いやられています。公園や児童センターで、子ども同士がちょっと関わり合おうとしただけで「すいません」と言って引き剥がす保護者の姿を見ることがあります。子どもが他の子に声をかけた、肩に触れた——それだけで即座に間に入ってしまう。傷を恐れ、迷惑を恐れ、何かあってからでは遅いという思考が先立ってしまう。

その背景には、社会全体が作り出してきた不安のエネルギーがあります。こうした疑い・管理・否定のエネルギーを受け取りやすい性質を持つ人ほど、その影響を強く受けます。これは優劣ではなく、傾向とバランスの話です。そういう圧力をずっと受け続けながらも、それでも自分を保ちサバイブしてきた人たちが今、子育ての場にいる。そこに螺旋的に積み重なってきた不安の履歴が、今の関わり方として現れていることがあります。

その人たちが悪いのではありません。構造的にそこまで追いやられてしまっているのです。この見方を抜きにして副作用の話だけをすると、責める記事になってしまいます。保護者も教師も、ある意味では同じ螺旋の中にいます。

処方箋:まず大人が自分の両足の位置を確かめる

では、どうすればよいか。

向き合うべきは、まず自分自身です。子どもを変えることを最初の目標にする前に、大人自身が自分の現在地と向き合う必要があります。

自分が抱えている根本的な「世界への恐れ」と「自分への不信感」を、きちんと見つめ直すこと。子どもとの関わり方を変える前に、まず「自分が今どこにいるか」を認識することが先です。

心マトリクス
心マトリクス

心マトリクスでいう「地球フィールド」——ゼロであり安心の基点となる場所——に、自分の両足がしっかり置けているかどうか。「自分が世界に対して安心できているか」「自分が自分であることに安心できているか」。この問いを、保護者も教師も、まず自分自身に向けてみてほしいのです。

自分が生きる内外往還に対して安心できているか。世界を信頼し、自分を信頼できているか。「自分が自分であるとき最も輝く」という感覚を、大人自身が取り戻せているか。ここを出発点にすることが、今の時代の多くの大人が陥っている状況に対する処方箋になると考えます。

子どもに信じて、任せて、認める関わりを実現するために、大人自身がまず世界と自分自身に安心している必要があります。安心させる関わりは、安心している人からしか生まれません。子どもを変える前に、自分を変える。この順序こそが、副作用の螺旋を上向きに変えていく最初の一歩です。

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