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けテぶれ・QNKS・心マトリクスはどこから始めるか

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けテぶれ・QNKS・心マトリクスの3つの道具について、「理論を知る」ではなく「現場でどこから始めるか」を中心に据えた研修の記録です。学びを「やってみる」と「考える」の往還として捉えること、子どもに任せるために学び方を具体的に渡すこと、そして導入の入口として家庭学習・授業・生活の3つから自分の状況に合ったものを選ぶことが整理されています。フィードバックを命とする初期の教師の関わりと、「書けない姿」さえも現在地として受け取る姿勢が、この実践を支える根幹です。

この研修の問いは「理論」ではなく「入口」にある

研修の開始にあたって、葛原は明確に方向性を示しました。

「現場帰ってどうしようかなっていうような、具体的実践的な知識を持って帰っていただけるような場になればなと思いながら進めさせていただきます」

けテぶれ・QNKS・心マトリクスがどのようなものか、なぜ必要かという理論的な問いよりも先に、「現場に戻ったときに何から始めるか」という問いに答えることが、この場の中心に置かれていました。

参加者の中には、けテぶれを知っていてすでに実践中の人も、これから始めようとしている人も、まだ迷っている人も混在していました。そのような多様な現在地が前提となって進められた研修だったからこそ、最終的に整理されたのは「3つの入口のどれから入るか」という具体的な選択肢でした。理論の説明に時間をかけるより、自分の状況に合った入口を見つけて小さく動き始めること——この研修はその選択に向けて組み立てられています。

学びは「やってみる」と「考える」の往還である

まず、葛原が示した学びの基本構造から確認します。

「やってみると考えるっていうこの2つの往還として学びというものを捉えていきませんか」

私たちが今日の授業をどうするか考えて、やってみて、振り返って次を考える。子どもたちが鉄棒のコツを考えて、やってみて、もう一回考える。この往還こそが、人が賢くなる基本的な動きです。

重要なのは、この往還を自分で回せるかどうかが「学習力」の中心だという視点です。「やってみる」と「考える」を繰り返す力が育てば、教師が横にいなくても子どもは自分で前進できるようになります。月に一度の研修が「考える場」になり、現場に戻ったらそれを「やってみる場」にする——この構造は、教師の学びにもそのまま当てはまります。

学びのコントローラー
学びのコントローラー

「やってみる」を具体化したのがけテぶれ(計画・テスト・分析・練習)であり、「考える」を具体化したのがQNKS(問い・抜き出し・組み立て・整理)です。漠然と「やってみろ」「考えろ」と言うだけでは、子どもは動けません。「やってみる前には計画を立てる」「考えるとは問いを持って情報を抜き出し、組み立てて整理することだ」という手順を教えてはじめて、子どもたちは往還を自力で回せるようになります。この2つは、学習力を渡すための「具体的な形」です。

子どもに任せるには「学び方を教える」ことが必要

現場でよく経験するのが、「子どもに任せたらぐちゃぐちゃになった」という事態です。

「子どもたちに任せた方が主体的に行動ができそうなんだけれどもぐちゃぐちゃになるし遊ぶしなれるし」

これは、「任せる」ことと「学び方を教えること」が切り離されていたために起こります。学習科学の分厚い本に書かれていることがどれほど正確でも、子どもたちにそのままでは伝わりません。大事なのは、「学ぶとはこういうことだ」という構造を、子どもたちが分かる形で渡すことです。

けテぶれとQNKSは、その「渡し方」の具体的な道具です。やってみるという行為に「計画→テスト→分析→練習」という骨格を与え、考えるという行為に「問いを持って、抜き出して、組み立てて、整理する」という骨格を与えることで、任された子どもたちが自分で動けるようになります。

「学び方の見方・考え方」を子どもたちに渡すことと、実際に学習させることは別です。学び方が分かっていない状態で自由にしても、子どもたちはどう動けばいいか分からない。自由にするだけでは主体性は育ちません。学び方を見える形で渡すことが、任せるための前提条件です。

けテぶれの入口は「漢字」から

「けテぶれをどこから始めるか」という問いに対して、葛原が提案するのが漢字けテぶれです。

「漢字からしていくのはどうでしょうかということがまず1個の提案です」

なぜ漢字なのかというと、意味理解が必要ないからです。ドリル1冊あれば学習が完結し、計画・テスト・分析・練習のサイクルを回しやすい。最初はノートの見本を丸ごとコピーで真似させることから始めればよく、どんな子でも「やってみる」という体験ができます。難しい理解を要求せずにサイクルに入れること、これが漢字を入口として推奨する理由です。

ここでの重要な原則が「最低限の明示と上限の解放」です。「このノートの形に慣れることから始めていい、意味がわからなくても全部まるで合格だ」という最低限を示しながら、「2ページ目に進んでもいいし、小テストをもう一度やってもいい」という上限を外しておく。今まで課題として出してきた家庭学習と、見た目はそれほど変わらないかもしれません。変わるのは、上限が外れているという一点です。

けテぶれ×QNKS
けテぶれ×QNKS

感じのいい子が自分なりの工夫をノートに書き始めます。その姿を全体に見せ、価値づけて広げていく。それを見た誰かが「そんなやり方してもいいんだ」と気づいて真似する。この連鎖が「熱の広げ方」の最初のフェーズです。最初から全員が丁寧な分析や多様な練習方法を取り入れる必要はありません。できる子の動きを見えるようにして、じわじわと広げていくことが現実的な始め方です。

3つの入口:家庭学習・授業・生活

「どこから始めるか」に対して、研修では大きく3つの入口が整理されました。

「家庭学習から入ろうかな生活から入ろうかな授業から入ろうかなこの3つの入り口」

家庭学習から入るパターン

漢字けテぶれに代表される、家庭学習でのサイクルを導入するパターンです。毎日全部をいきなりけテぶれにする必要はありません。週に一度、テスト前だけ「昨日の振り返りを見て今週の家庭学習の計画を立てる」という場を作るところから始めることもできます。

「家庭学習のペースの最後のところで明日けテぶれだよ、1回ノート開いてごらん、先週何考えた?」という声かけで、週1回でもサイクルが回る構造を作ることが現実的な第一歩です。週1回でも、このサイクルがあるかないかは子どもたちの学習力に大きな差をもたらします。

家庭学習のデメリットは、子どもがけテぶれを回している瞬間に立ち会えないことです。やってきた結果しか見られないため、リアルタイムの指導が難しくなります。その分、戻ってきたノートへのフィードバックの精度と速度が重要になります。

授業から入るパターン

授業の中に「自分で考えて動ける時間」を設け、その時間に小テストや振り返りを組み込むパターンです。授業を全部任せる必要はなく、後半の15分だけ自分で動く時間にして、そこでの取り組みを小テストで結果として確認する形でも構いません。

「この15分は君が使った時間だった、何をすればもっと賢くなれるか明日考えてみよう」という問いかけができれば、授業の中でもサイクルが回ります。理科の実験を子どもたちに設計させる場面や、国語で自分で課題を選んで読む場面など、教科の特性に合わせた形で少しずつ「やってみる⇆考える」の構造を取り込んでいくことが、授業からの入口になります。

生活から入るパターン

「友達にありがとうを3回言う」「ごみを5個拾う」「雑巾が散らかったらきれいにする」など、生活の中の小さな目標を計画・実践・振り返りするパターンです。これが「生活けテぶれ」と呼ばれる実践です。

朝に今日の計画を書き、帰りの前に結果を振り返って提出する。教師がポジティブなフィードバックを返して翌朝渡す。このサイクルを毎日繰り返すことで、「言われた通りに動く」のではなく「自分で考えて選んで動く」感覚が育ちます。低学年なら、心マトリクスの図に点を打つだけでも始められます。

生活けテぶれには、学級経営への波及効果があります。子どもたちが自分のメタ認知を日々育てることで、2学期後半に学級がだれてきたときに自分で気づけるようになる。「最近自分サボり気味だな」と気づける子が増えることで、生徒指導の課題が手前の段階で止まりやすくなります。

心マトリクスは「現在地を見取る」道具として

「心マトリクスをどこで使うか」という問いに対して、葛原は明確に答えています。

「心マトリクスはそこで使います。つまり計画段階か振り返る段階」

心マトリクスは感情を分類する図ではなく、自分が今どの状態にいるかを見取り、次の一歩につなげるための道具です。活動の始まりに「今日の自分はどんな状態か」を確認し、活動の終わりに「自分はどう動いたか」を振り返る。その2点が接続することで、自己調整学習が動き始めます。

心マトリクス
心マトリクス

授業の冒頭で「今どんな状態か」を問いかけると、子どもたちははじめこそ戸惑いますが、それが積み重なることで「なぜそうなったか」を言語化できるようになります。イライラした、ダラダラしてしまった、その状態がどこからきたのかを振り返られるようになることで、次の活動での選択が変わっていきます。

教師側からも、「今クラスはフワフワした状態だな」という観察を心マトリクスの言葉で子どもたちに伝えることができ、共通言語が生まれます。最初は教師が使い続けることが大切です。「こっちが使っているものを子どもたちも使い始める」——強制するのではなく、教師の視点として言葉にし続けることで、子どもたちも自然にその見方を取り込んでいきます。

フィードバックが命:「書けない姿」も現在地として

導入の初期段階において、葛原が最も強調したのがフィードバックの重要性です。

「フィードバックは命なので、命です。もうそれないと回らないです」

これは誇張ではありません。けテぶれや生活けテぶれを導入した最初の時期は、子どもたちはどう書けばいいかも、なぜ書くのかも、まだ分かっていません。その状態で教師のフィードバックがなければ、サイクルは止まります。

「このけテぶれ実践は最初は立ち漕ぎです、めっちゃしんどいです」という言葉が示すように、導入期の教師の負荷は大きいです。毎日一人ひとりのノートを見てコメントや印を返す、翌朝紹介する子を選んで全体にシェアする。その手間を惜しまないことが、サイクルを軌道に乗せる鍵です。

重要なのは、「できなかった」「書けなかった」姿もそのまま現在地として受け取ることです。

「書いてない自分に出会えたね、というフィードバック」という言葉が端的に表しています。目標を書かなかった子に対して、「書かなかったのがあなたの今日の現在地だ、次はどうする?」と問いかけることができれば、それは立派な自己調整学習の出発点です。書けないことは失敗ではなく、自分の現在地の発見です。

ポジティブなフィードバックを徹底することで、子どもたちは「できないことを隠さなくていい」という安心感を持てます。「できない自分を隠したがる」のが子どもたちの自然な反応です。その隠したがる構えをこちらからじっくり崩しにかかることで、失敗も成功もあなたの経験の一つとして受け取れる土台が育っていきます。

どこから入っても、全部につながっていく

研修の最後に整理されたように、家庭学習・授業・生活の3つはそれぞれ独立した入口ではなく、どこから入っても最終的に他の2つへと波及していきます。

漢字けテぶれで「計画して振り返る」感覚を掴んだ子は、授業でも同じ動きをしようとします。生活けテぶれで「自分の状態を見る」ことに慣れた子は、学習の場でもメタ認知が育ちます。3つは同じ原理を異なる文脈で実装したものであり、どれから始めても構造は共通しています。

「どこから入ろうかなです。家庭学習から入ろうかな生活から入ろうかな授業から入ろうかな」

この問いに対する答えは、目の前の子どもたちの現在地と、教師自身の現在地によって決まります。今できることを小さく始めて、1つのサイクルが回り始めたら、次の場所へ広げていく。週1回でも、毎日でも、漢字だけでも、生活の目標だけでも——まず1つのサイクルを回し切ることが、子どもたちの学びを自走させる教室への入口です。

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