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自由進度学習を授業に広げるとき、教師は何を支えるのか

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宿題でのけテぶれ実践には手応えを感じていても、授業内の自由進度学習へ踏み出そうとすると足が止まる——そういう声を研修の場でよく聞きます。この記事では、その出発点にある「怖さ」を正面から受け取るところから始めます。全教科を「自分で学ぶ実技」として見直し、まずやってみることで支えが必要な場所を見取り、分からない子には仲間とつなぐ選択肢を手渡し、複合的なつまずきには教師がプロとして介入する——自由進度学習における教師の役割を、具体的に整理していきます。

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「怖い」を出発点にする

子どもたちに任せた時にどうなるか分からない、うまくいくか分からないから怖い。宿題でのけテぶれ実践には手応えをつかんでいても、いざ授業に広げようとするとこの怖さが立ちはだかります。これは弱さではなく、真剣に子どもと向き合っているからこそ生まれる感覚です。

信じて、任せて、認める。この言葉が自由進度学習の根本にありますが、それは「放任して見守る」ということではありません。任せた後に何が起きるかを見取り、必要な支えを具体的に手渡していく実践です。怖さを感じているうちは、まだ「任せた後の動き方」が見えていないということでもあります。そこを一つずつ整理していきましょう。

全教科を「自分で学ぶ実技」として見る

授業の冒頭からいきなり一斉に教える、という発想を少し脇に置いてみてください。

体育でも図工でも、示してみて、やってみて、できない子には教えてあげるという流れがあります。座学だからといって最初から一斉授業でなければならない理由はありません。自分で学ぶということ自体が、一つの「実技」なのです。サッカーやバスケや縄跳びと変わらない実技として、全単元を見てみる——そういう視点の転換が入り口になります。

たとえば漢字の練習を思い浮かべてください。書いて覚えるだけであれば、説明しなくても子どもたちは自分で進められます。反対に、難しい概念を含む単元では、説明がなければ誰も動けないこともある。どちらが当てはまるかは、やらせてみないと分からないのです。

「先生、この内容は授業いらないかもしれない」という状態がどこにあるかを探るためにも、まず子どもたちに動いてもらうことが合理的です。これはトレンドに乗っているからでも、あるべき論だからでもなく、こちらの方が自然で筋が通っているという手応えから来ています。一斉授業が必要かどうかは、やってみた後に判断するものです。

まず「やってみる」——支えが必要な場所が見えてくる

一斉授業の前に、まずやってみる。これはけテぶれの考え方でもあります。計画としてこれを学ぶと決まったなら、最初の一手はやってみるです。やってみて分からないなら教えてあげる、できないなら手伝ってあげる。それだけのことです。

やってもらわないと、どの領域でどの程度授業が必要かが見えません。こちらが難しいと思っていた内容をほとんどの子が自力でクリアすることもあれば、簡単だと思っていた内容でつまずきが集中することもある。だから、まずやってみてもらう必要があります。

クラス全体でつまずいているなら一斉授業に戻せばいい。特定のグループが止まっているならそのグループへ。個別にだけ分からない子がいるなら個別に。まずやってみることで、支えが必要な場所と規模が初めて見えてきます。

けテぶれマップ
けテぶれマップ

けテぶれマップは、今の自分の現在地と、そこから取り得る選択肢を子どもたちが自分なりに判断しながら動けるようにするためのものです。「分からない→すぐ先生を呼ぶ」の一択ではなく、まず自分で考える、それでも分からなければ仲間と悩む、というルートを事前に示しておくことで、教師が全員につきっきりになる状況を避けることができます。

分からない子をどうつなぐか

子どもが固まっている場面に気づいたとき、すぐに答えを教えるのが唯一の選択ではありません。クラスを見回すと、同じページで同じように悩んでいる子が他にもいることがほとんどです。そのとき「あそこで取り組んでいる子も、今あなたと全く同じところで悩んでいるよ。2人で考えてみたら何かひらめくかもしれない」と言って、その子のもとへ連れていく。これが「分からないもの同士で集まって一緒に悩む」というステップです。

勉強が苦手な子、止まりがちな子にこそ、「分からない→仲間と悩む」という選択肢を授けてあげたいのです。自分だけが先生を頼り続ける状況は、その子にとっても過ごしにくい。分からないから先生と言える子ばかりではないし、自分だけ教えてもらうできない子というレッテルになっても豊かではありません。

また、進度的に半歩先にいる子と組み合わせるという方法もあります。同じく遅れているけどこちらの方が少し進んでいる、そういうペアを見取って引き合わせる。遅れている側は聞けばいいし、進んでいる側は教えてあげればいい。互いに学び合える関係性を教師がつくっていくのです。子どもたちをつないでいくこと自体が授業です。

こういうことが積み重なっていくと、授業が始まった時には「今日も一緒に悩もう」という仲間として成立していきます。最初からそこにたどり着くわけではありませんが、一つずつ仕込んでいくものです。

QNKSで「分からなさ」を形にする

分からないという状況は、まだ「何が分からないか」が整理されていない状態でもあります。そこで役立つのがQNKSです。

分からないなら、まず分かっていることを抜き出す。分かることを書き出して組み立て、整理していく。一周回すうちに、抜けている部分が見えてくることがあります。2人で悩む場面でも「2人でQNKSしよう」と提案できます。分からないなりに分かっていることを抜き出していくと、2人の間でひらめきが生まれることがあります。教室にQNKSカードがあれば、「あのカードを使って2人でやってみて」と指差すだけで動けます。

これは答えを渡すのではなく、学び方そのものを手渡すということです。基本的な学び方の見方・考え方を伝え、その上で教室の中で取り得る選択肢——1人で考える、友達と一緒に考える、教師に聞く——を豊かに提示していくことが、自由進度学習を機能させる土台になります。

学びのコントローラー
学びのコントローラー

けテぶれとQNKSは、学びのコントローラーの両輪です。自分で学びを動かすためのこの2つを子どもたちに手渡しておくことで、「分からない→先生一択」の状況を脱することができます。どちらか一方ではなく、やってみる方向と考える方向の両方を持つことが、子どもたちの選択肢を広げます。

複合的なつまずきは、教師がプロとして見取ってよい

授業を見回っていると、「分からない」というより、複数の知識・技能が重なって欠落しているために動けなくなっている子に気づくことがあります。算数では特に顕著で、繰り下がりができていない、ある概念が獲得されていない、という要素が複合的に3〜4つ重なっているケースがあります。

このような状況を、勉強が苦手な子が自分で分析できるかといえば、まずできません。それをその子に要求する必要はありません。分析は教師がやってあげればよいのです。

「今の様子を見ていると、AとBの部分がまだ頭の中にないから、この問題が解けていないように見えるよ。Aはできる?Bはどう?」と一緒に確認しながら現在地を特定して、「じゃあこういう練習からやってみよう」と方向まで具体的に示してあげる。これが教師のプロとしての仕事です。分析だけでなく、次の練習の形まで手渡してあげてよいのです。

分析を渡したら、あとはその子が練習するかどうかの世界になります。分かっているのにやらないという場合は、単純に逃げているだけなのかをその子と一緒に確認していく。分析さえできれば練習は自分でできます。

学び合いが深まってきたグループでは、「この子にはこういう問題が足りていないから、あなたがフィードバックして解説してあげて」という形で、子ども同士のフィードバックにつないでいくこともできるようになります。

できる子にも「粘って悩む場」を渡す

できる子はほうっておいても大丈夫、ということにはなりません。むしろ、自由進度学習で最も意識して支えが必要なのは、できる子かもしれません。

今まで一斉授業で「できる」「分かる」を積み重ねてきた子たちは、できない自分をほとんど知りません。そういう子がドリルの簡単な問題をサクサク解いて満足している状況は、ひらがなが書けて喜んでいるのと実は変わらないかもしれない——それくらい率直に問いかけてみる価値があります。

「もう問題を量こなすフェーズではないんじゃない?」と聞いてみる。たとえば20問あるドリルの中から難しそうな4問だけを選んで、それを自分の言葉で説明できるようにする。そちらの方が時間の使い方として有効だということを、子どもたちと一緒に考えていきます。

できる子に「説明できる」「作る」「誰かの学びを支える」という課題へと進ませると、そこで初めて「分からない」「うまくいかない」という経験をする子もいます。

シコウの木
シコウの木

粘って悩む時間をどれだけ過ごせたか——それが学びの根を張ることにつながります。上限の解放とは、ただ先に進められるということではなく、できない自分に出会える場を開いていくことでもあります。できる自分しか知らないまま育つと、うまくいかない状況に出会ったときに折れやすい。根が張っていない木は、幹や葉がどれだけ育っていても倒れやすいのです。

できる範囲の外側には、確実に「間違いは成長の種」があります。いつその種をかき分けて進む練習をするか——自由進度学習の場は、その機会をできる子にも自然に作ることができます。

分からなさ・できなさは、学びの根を張る経験である

反対に、ずっと分からない・できないという状況を知っている子たちは、この学びの形にとても合っています。分からなさ・できなさの中にいる自分をすでに知っているから、その状況を「根を張っている」と捉え直してあげるだけで、粘って悩む姿が引き出されてくることがあります。

分からなさやできなさは、あなたの学習者としての根を張るためのシーンとして、ものすごく大切です。この言葉を受け取れる子が一人いれば、その子の教室での在り方が変わっていきます。

単純に逃げてやらないのか、それとも本当にまだ整理しきれていないのかを一緒に確認しながら、その子が自分なりの次の一手を選べるように支えていく。そのために動機づけの工夫も取り入れながら、子どもたち同士の関係性を豊かにしていくことで、巻き込まれていくケースも増えていきます。

やってみる、分からなければ仲間と悩む、それでも分からなければ教師が見取る、できる子にも粘れる場を作る——一つひとつは小さなことですが、この積み重ねが「授業が始まったら、今日も一緒に悩もう」という関係性を教室に育てていきます。自由進度学習は、子どもに任せきりにするのではなく、学び方・仲間・フィードバックを教師が具体的に手渡し続けることで成立する実践です。

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