国語・社会・理科は、教科固有の知識を除けば、けテぶれやQNKSの枠組みでほぼ説明できます。ところが算数・数学については、「白旗を上げる」と言わざるを得ない独自の難しさがあります。算数は数や式によって世界を表現するという大きな知的領域であり、学習指導要領でいう「数学的活動」を通して資質能力を育てる構造になっています。葛原実践では、この数学的活動を教室で扱える実践の幹として「算数の幹」と呼びながら捉えています。小学校算数では、高度な数学的概念の統合・発展よりも、日常生活や社会の事象を数理的に捉え、問題を自律的・協働的に解決し、その結果を生活に戻すループが中心です。語りは解き方の説明で終わらせず、振り返りと概念化への入口として位置づけ直す必要があります。そして教師が、学年をまたぐ概念のつながりを「概念系統図」として持っていることが、算数指導の土台になります。
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算数・数学には「白旗」を上げた
これまで学習指導要領の総解説を「けテぶれ・QNKS視点で読み解く」というシリーズとして話してきました。国語が狙う内容は、教科固有の語彙指導などを除けば、QNKSを回していればほぼ達成できる。社会も、具体的な知識技能は教科書で学ぶとして、それ以外の目標はけテぶれ・QNKSで大きく説明できる。理科もそうで、科学的なプロセスを繰り返す活動は、けテぶれで自分で勉強を進めるだけでほぼ達成してしまう——そういう話をしてきたわけです。
ところが算数・数学については、「お手上げ」「白旗」と言わざるを得ない局面があるというのが正直なところです。
もちろん、算数にもけテぶれ・QNKSは有効です。ただ、けテぶれ・QNKSだけで算数の目標を全部回収しきれるかというと、そうはなりません。算数・数学は、他教科とは異なる独自の知的領域を持っているからです。
言葉の世界と数の世界——二つの大きな知的領域
なぜ算数・数学は特別なのか。その理由を大きな枠組みから整理してみます。
人間の知的世界には、大きく二つの領域があります。一つは言葉の世界——国語を基盤とし、言語を使って論理的に考え、社会・理科など多くの教科の学習を支える領域です。もう一つは数の世界——数や式によって事象を表現し、捉え直す算数・数学的な領域です。
川が流れている景色を「美しいなあ」と言葉で表現する側と、流体力学の数式でその川を表現する側、と言えばイメージしやすいでしょうか。どちらも同じ川を捉えているのに、使う「言語」が根本的に異なります。
理科や社会は、この二つの知的領域が組み合わさったものとして捉えることができます。だからこそ、国語で培った言語的思考と算数で培った数理的思考の両方が、理科・社会の学習にも活かされるわけです。しかし算数という領域そのものは、数という独自の表現言語を使った世界であり、国語的な言語とは別の概念の積み上げを必要とします。ここが、他教科と同じ整理ではけテぶれ・QNKSだけで「回収しきれない」と感じる根本にあります。
数学的な見方・考え方とは何か
学習指導要領における算数の大目標は、次のように書かれています。
> 数学的な見方・考え方を働かせ、数学的活動を通して数学的に考える資質能力を育成することを目指す
ここで登場する「数学的な見方・考え方」とは何でしょうか。
見方は、事象を数量や図形、またはそれらの関係という概念に着目して、その特徴や本質を捉えることです。カバンをカバンとして見るのではなく、「縦×横×高さ」という数量的な構造として見直す——そのような認識の切り替えが「見方」です。
ある授業での実践例があります。点対称・線対称を学ぶ単元で、子どもたちが教科書の問題に向かっているとき、「この教室の中に点対称・線対称に見えるものはないかな?」と問いかけてみました。扇風機の羽根、天井の照明……教科書から顔を上げ、教室中を見渡し始める。そして裏には「見つけた図形を全部リストアップする」欄を用意しておく。子どもたちはリストを見ながら互いにフィードバックできるし、教師も見方・考え方を働かせているかどうかを確認できます。これが数学的な「見方」を働かせる瞬間です。
考え方は、根拠をもとに筋道を立てて考え、統合的・発展的に考察することです。既習事項と新しい学習をつなげ、概念として整理していく。この「見方」と「考え方」を合わせて「数学的な見方・考え方」と呼びます。

この見方・考え方は、資質能力を獲得することで、さらに豊かで確かなものになっていきます。つまり、最初から高めておくというより、数学的活動を通した学習活動の結果として深まるという側面があります。学習指導要領総則が示す「主体的・対話的で深い学び」のプロセスを通じて、見方・考え方が育まれていく、という構造です。
数学的活動と算数の幹——「自律的・協働的に解決する過程」の正体
では、学習指導要領でいう「数学的活動」とは何か。解説では次のように説明されています。
> 事象を数理的に捉えて算数の問題を見出し、問題を自律的・協働的に解決する過程
数学的活動の核心は、「問題を自律的・協働的に解決する過程」にあります。 そして葛原実践では、この活動を子どもが教室で使える実践の幹として「算数の幹」と捉え直しているわけです。
これは裏を返すと、教師が単線型に子どもたちを引っ張り回す授業では算数の幹が回らないことを意味します。先生が問いを出し、誘導し、答えを黒板に書かせて写させる——そういう授業スタイルへの批評が、ここには込められています。
子どもたちが自律的・協働的に解決するためには、解き方の手続きを身につけていることが前提になります。知識・技能をけテぶれで習得していることが土台です。そしてQNKS(問い・抜き出し・組み立て・整理)によって思考を言語化・論理化できることが、「協働的に解決する」際の道具になります。
数学的活動、つまり算数の幹を通した学習によって、学習指導要領の三本柱——知識・技能、思考・判断・表現、学びに向かう力——が育まれていきます。

けテぶれ・QNKSは算数の幹を支える中核的な道具ではありますが、算数においてはその先に「概念のつながりを意識して統合・発展させる」という次元があることを、教師は意識しておく必要があります。
二つのループ:小学校算数が主に扱う世界
算数・数学の学習過程には、実は二つのループがあります。
一つは数学的事象のループです。数学的に表現された問題を解き、振り返り、統合・発展的に考察し、概念を形成していく——これは高度な数学的思考を必要とします。数学者の世界に近い、概念構築のプロセスです。
もう一つは日常生活・社会の事象のループです。日常の事象を数理的に捉え、数学的に表現・処理し、問題を解決し、解決の過程を振り返り、得られた結果の意味を考察する——そしてその気づきを日常生活に戻す。
小学校算数が主に扱うのは、この後者のループです。
「この教室の扇風機の羽根は点対称に見える」「ロッカーの並びを縦×横で表現できる」——日常の事象を数理的に捉え直し、解決し、意味を生活に返すループです。数学的な概念を統合・発展させて新しい理論を構築するループは、基本的には中学以降の数学の世界です。
この区別を意識していないと、学習指導要領解説を読んでいて「これは小学生には難しすぎる」と感じる箇所が出てきます。解説を執筆した方々の数学的な思考の高さゆえに、小学校算数の説明の中に高度な数学的概念形成の話が混在してしまっているからです。小学校教師としては、そこで「このループは中高以降の話だ」と切り分ける批判的な読み方が必要になります。
もちろん、どちらのループを回すにしても、問題を自律的・協働的に解決することは外してはなりません。日常生活のループだけを回すにしても、子どもたちが主体となって問題を解決するプロセスを保障することが、数学的活動の定義に含まれています。
「語り」は入口にすぎない
算数の授業でよく促すのが「語り」——「自分の解き方を式と言葉で説明してみよう」という活動です。これは有効ですし、一歩目として全く問題ありません。
ただし、語りは解き方の説明で終わらせてはいけません。
語りとは、自分の解き方を振り返ること——自己省察の入口です。その振り返りを通じて、「自分はこういう数学的な処理をしていたのだ」「この算数の幹を使っていたのだ」という概念化へとつなげることが求められます。そこからさらに、統合的・発展的に考察を深め、構造的に理解していく。
語りの位置づけを整理すると、次のような流れになります。
- 問題を解く(知識・技能の発揮)
- 解き方を語る(自分の解法を振り返る入口)
- 語りの内容を概念化する(「これはこういう算数の幹だった」と理解する)
- 統合的・発展的に考察する(既習との接続、新たな問題の発見)
- 構造思考へ(概念を系統的に位置づける)
「語りして終わり」では、まだ算数の幹の途中で止まってしまっています。

ある実践では、単元の始まりにQNKSを使って「今回習う内容は、これまでのどの学習とつながっているか」を考えさせました。そして、既習事項と今回の学習のつながりを印(モクモクマーク)で物語文QNKSに接続させる——こうした指導によって、子どもたちは概念を統合しながら学ぶことができます。語りを「概念のつながりの確認」として機能させるためには、教師がどの概念とどの概念がつながっているかをあらかじめ把握していることが前提になります。
知識・技能は「先に来る」——暗記を軽視しない
「暗記は意味がない」「調べればすぐわかる時代だから」という声を聞くことがあります。しかし学習指導要領は、この点について明確な立場を示しています。
知識・技能において大切なのは、解き方を手続きとして身につける方法知と、概念や性質への理解の両方です。筆算のやり方を練習して技能として落とし込むことも大切ですし、「なぜ分母同士は足さずに分子だけ足すのか」を式・図・言葉で語れることも大切です。
なぜ知識・技能の習得がそれほど重要か。人間のワーキングメモリーは7〜8チャンク程度しか使えないと言われています。知識を深く理解し、メンタルモデルとして構築されていれば、それはワーキングメモリーに左右されずにいつでも引き出せます。スキーマとして身体化された知識は、思考の道具として自在に組み合わせられる。一方、都度検索して拾ってくる情報でものを考えようとすると、狭い作業スペースの中だけでしか考えられなくなります。
レゴブロック8個で何かを作るのと、1000個で作るのの違い——これが、知識・技能を身につけることと身につけないことの差です。
知識・技能があってから思考・判断・表現につながる。習得→活用→探究の順序は妥当です。
けテぶれで知識・技能を着実に習得することが、算数においても思考・判断・表現の前提になります。深く理解して使える状態にすることを目指す——知識技能を「古い学習」として否定せず、この視点で授業を設計することが大切です。
教師が持つべき概念系統図
算数指導において、教師に求められる特別な準備があります。それが概念系統図——1年生から6年生まで、どの概念がどのようにつながり、発展していくかを俯瞰した地図です。
算数は、概念の系統性が非常に強い教科です。分数の理解は整数の理解の上に積み重なり、比例の理解は掛け算の意味理解の上に成り立つ。子どもたちが「今日習う内容は、どの既習事項とつながっているのか」を把握できるようにするためには、教師自身がその系統を把握していなければなりません。
今まで習った算数の幹がどのように発展・接続して今の学習につながっているのか、それを教師が明確に把握していることが算数指導の土台です。
概念をカード化するという発想も、この文脈で有効です。小数・分数・四則演算それぞれの概念をカード化し、カード同士の関係を整理しながら学ぶことで、子どもたちは概念を統合・発展させながら学習できます。算数専科として担当する場合はもちろん、学級担任であっても、自分の担当する学年の前後の概念のつながりを把握しておくことが、語りの指導の質を大きく変えます。
こうした概念系統図は「算数数学においてめちゃくちゃ大事」と言えるものでありながら、ネット上に手軽に使えるものがあるわけでもなく、各教師が作り上げていく必要があります。これもまた、算数指導の難しさであり、やりがいでもあります。
まとめ:けテぶれ・QNKSは有効、でも算数には「もう一層」がある
算数・数学の学習指導要領を読み解くと、けテぶれ・QNKSの有効性は変わらないことがわかります。
- 知識・技能の習得にはけテぶれが有効
- 思考・判断・表現の論理化にはQNKS(問い・抜き出し・組み立て・整理)が有効
- 問題を自律的・協働的に解決する過程(算数の幹)を支えるのも、けテぶれ・QNKS
ただし、算数・数学には数や式で世界を捉える独自の知的領域があり、概念の系統性と数学的な見方・考え方を意識した指導が別途必要になります。小学校算数で中心となるのは、日常生活・社会の事象を数理的に捉え、解決し、意味を日常に戻すループです。そのループの中で「語りが自己省察・概念化・構造思考へとつながるように」設計することが、算数の幹を豊かにします。
知識・技能を深く身につけること、語りを振り返りと概念化の入口として位置づけること、そして教師が概念系統図を持って既習と新習のつながりを見取ること——この三点が、けテぶれ・QNKSに「もう一層」加えることで、算数指導を豊かにする道筋です。
けテぶれ・QNKSは算数でも確かに機能します。ただ、それだけで算数を完全に回収しきれる、とは言えない。その「もう一層」の深さを意識しながら、日々の授業づくりに向かってみてください。