ラーニングプログレッションズとは、学習者がどのように発達していくかを、初期状態・ゴール・中間地点という構造で描く学習科学の考え方です。核心にあるのは、学習者は白紙の状態から始まるのではなく、素朴理論・価値観・誤解をすでに持ったまま教室に来るという前提です。現在地はスタート時点からばらばらであり、一直線の段階表で成長を捉えることには限界があります。
この放送では、葛原実践でのけテぶれマップが複線型の成長過程に対応すること、そして自立した学習者に育つ4つの局面と、そこで変化していく教師の役割を整理しています。
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学習者は「白紙」から始まらない
学習科学において繰り返し強調されるのは、学習者はタブラ・ラサ(白紙)の状態から学び始めるわけではないという事実です。
教室に来る前から、子どもたちの頭の中にはすでに色や形、多様な情報が入っています。それは正確な知識だけではなく、勘違い、個人的な価値観、思い込みを多分に含んでいます。学習科学ではこれを「素朴理論」と呼びます。素朴理論は消去されるべきものではなく、そこから出発する学習者の現在地として正面から捉えるべきものです。
ラーニングプログレッションズという考え方は、この素朴理論の存在を前提に、学習がどのように発達していくかを描こうとするものです。学習に入る前の初期状態、めざすゴール、そしてその間に広がる多様な中間地点を見渡しながら、子どもたちの学習の成長過程を可視化することが目的です。
そもそも学習者の現在地は、スタート時点からばらばらです。 同じ学年・同じクラスであっても、学習に前向きな子、学校に来るだけで精一杯な子、かつての失敗体験で学ぶことへの意欲をすでに失いかけている子が共に教室にいます。中学校の先生方が自己調整学習の導入に難しさを感じるのも、多くの場合このスタートの現在地の違いに由来しています。
単線型の見取りと複線型の設計
習得→活用→探究という枠組みは、わかりやすさの点で優れています。学習者がどの段階にいるかを大まかに把握するうえで、この一方向の進行は確かに機能します。しかし、実際の子どもたちの学びは、この単線を真っすぐに進むわけではありません。
100点に届かなければ戻る、理解が深まったら別の問いへ分岐する、困難な課題に躓いてやり直す——学習者の動きはつねに多方向への分岐と戻りを含んでいます。この分岐や戻りを授業設計の中に組み込んで可視化したものが、複線型の授業という考え方です。
葛原実践でこの複線型の成長過程に対応するのが、けテぶれマップです。

けテぶれマップでは、教科書を読んで知識を得る段階から始まり、やってみた結果によって分岐が生まれます。100点に届いたなら先に進むか縦に深めるか、届かなければ何が足りないかを分析してもう一度試みる。子どもたちは学びの海を縦横無尽に泳ぎ回りながら、自立した学習者へと育っていきます。
けテぶれマップは単なる学習ルートの一覧ではありません。学習者が自分の現在地からゴールへの道を自分でたどっていくための、複線的な成長過程の地図です。
4つの局面で見る成長の道筋
ラーニングプログレッションズの考え方を葛原実践に引き寄せると、自立した学習者へ育つプロセスはおおよそ4つの局面として描くことができます。ただしこれは、全員が同じ順序で同じ速度で進む直線的な段階表ではありません。各局面の間には重なりも戻りもあり、子どもごとに異なる歩みがあることを前提に置いてください。
第一局面:型と共通言語を整える
最初の局面では、現在地がばらばらであることを前提に置きながら、まず対話の土俵と生活のリズムを整えることが起点になります。けテぶれ(計画・テスト・分析・練習)、QNKS(問い・抜き出し・組み立て・整理)、心マトリクスという型と共通言語を丁寧に示す段階です。
ここで大切なのは、「型を示す=全員を一律に揃える」ではないということです。現在地がばらばらであっても、共通の道具と言葉を持つことで、お互いの学びが見え、語り合える土俵が生まれます。振り返りシートにプラス・マイナス・矢印を書くこと、計画と振り返りのリズムを作ること——そうした小さな習慣の積み重ねが、この局面の核心です。
この局面で教師は、型の提示とモデルベースの学習支援に徹します。即時のフィードバックを届けながら、けテぶれ通信などを通じて学級全体の学びを可視化していくことも求められます。
第二局面:自分なりの学び方を試す
型が身についてきたら、次は「自分なりの学び方を試す」段階に入ります。けテぶれの小サイクルを自分で回せるようになり、QNKSで情報の構造化ができるようになってくる。心マトリクス上で自分の状態変化を語れるようにもなってきます。
しかしこの局面では、失敗が必ず出てきます。 子どもたちのわがままも出てくる段階であり、試してみたら上手くいかなかった体験が積み重なります。ここで重要なのは、その失敗体験を価値づけることです。

大テスト・大分析というサイクルを意識的に動かし、結果が出たあとにしっかりと振り返る大サイクルを回すことが、この局面のポイントです。フィードバックのループが「失敗しても続けられる」土台を作り、「これに価値があるんだよ」と伝えることが、教師のここでの最も重要な仕事になります。守破離でいえば、型に入れた子どもたちを型から出していく段階であり、いろんなやり方を本当に試させながら、それを前向きに受け取れるよう支えていく時期です。
第三局面:自己調整能力の獲得
この局面になると、子どもたちは自分に合った学び方を意図的に選択できるようになってきます。つまずきの原因を自分で分析し、対処方法を考え、QNKSで複雑な思考を整理して他者に語ることができる。心マトリクスの使い方も、状態の選択から自分の変容を追うことへと深まっていきます。
この辺りまで来ると、子どもたちは教科書を開いて自分で学習を進められる状態に近づいてきます。実際に、教師がインフルエンザなどで抜けた場面でも、子どもたちが単元末の大テストを実施し、その後の導入まで自分たちで進められた——そういった場面がこの局面の到達の姿といえます。
ここから先は、子どもによって学び方が個性的になっていきます。 論理を積み上げながら精密に分析する子、感覚や試行錯誤を重ねながら直感的に進む子、少し引いた視点で学習プロセス全体を俯瞰する子、横断的な問いを立てながら探究へ向かう子。
大切なのは、これらのタイプに優劣はないということです。それぞれの現在地と在り方の価値を平等に認めながら支えることが、この局面の教師の役割です。 「一つの正解の学び方」を押しつけることは、子どもたちの自己調整の芽を摘んでしまいかねません。
なお、自己調整学習の獲得とは、子どもを放任して好きにさせることとは異なります。型、フィードバック、大分析、共通言語、そして教師の語りによる支えが段階的に必要とされており、教師が目の前から消えても学べる状態を作るために、教師が丁寧に関わり続ける局面でもあります。
第四局面:学習者としてのアイデンティティの確立
最終局面は、学びを教室の外へ接続する段階です。あらゆる場面でけテぶれやQNKSを活用できるようになり、「自分は学べる人間だ」という自己認識が育まれてきます。
ここで教師に求められるのは、より大きな文脈でのフィードバックです。その子の学びを、人生における価値、社会における意味として接続していく語りが必要になります。
「先生がいなくなったときから本番ですよ」という言葉を、子どもたちが本当に受け取れるようになっているかどうか——それがこの局面の到達のひとつの目安です。学習者同士の学び合いをコーディネートし、次のステージへの連続的な支援を意識することも、この時期の教師の役割として重要です。
教師の役割は段階とともに変わる
ラーニングプログレッションズの視点を通じて見えてくるのは、教師の役割が局面に応じて変化していくということです。
最初は型を示し、モデルを見せる。次第に多様な方法を認め、失敗を価値づけながら個別のフィードバックを届ける。さらに進めば、子どもごとに異なる学び方をコーディネートし、次の段階を見据えた支援へ。最終的には、学びを人生と社会に接続するメンターとしての関わりへ。
この変化を語るとき、放送の中で「こういうのも語りちゃんとしなきゃいけないんだな」という言葉がありました。成長の見取りを持つだけでなく、それをどう子どもたちに語るかまで含めて実践が成立するということです。フィードバックの質が変わること、変容に気づかせること、それが教師にとっての本当の楽しさでもあります。
また、スパイラル設計という発想も重要です。同じ道具(けテぶれ・QNKS・心マトリクス)を繰り返し使いながら、毎回より深いレベルでの理解を求めていく。けテぶれシートをポートフォリオとして蓄積し、プラス・マイナス・矢印に加えてびっくり・はてな・欲しいまで振り返りを高度化させていく。この螺旋的な構造が、マンネリ化を防ぎながら子どもたちを引き上げ続けます。
おわりに
ラーニングプログレッションズは、「学習者は同じスタート地点から一直線に成長する」という前提を崩すところから始まります。素朴理論を持った多様な現在地、分岐と戻りを含む複線型の成長、そして局面に応じて変化する教師の関わり方。
葛原実践においては、けテぶれマップがその複線的な構造を可視化し、心マトリクスが自己省察の深さを支え、大サイクルが失敗と学びを結びつけます。これらの道具を通じて、子どもたちは自分なりの学び方を見つけ、自立した学習者として育っていきます。
型を示すことと、型から出させること。現在地を見取ることと、多様な在り方を平等に認めること。 この往還が、複線的な成長を支える授業の土台です。