サロンメンバーの実践発表へのフィードバックを通じて、けテぶれ・自由進度・振り返りの実践がどのように育つかを考える。中心にあるのは、先生自身が「やってみる⇆考える」を繰り返し、職場の先輩やコミュニティの仲間と相談しながら実践を重ねる姿である。その往還の熱が、子どもや学年全体へと広がっていく。漢字学習、掃除、行事の振り返り、自由進度的な授業という複数の実践を通じて、「日々の構造」「現在地を価値づける目」「足場を外していく視点」という三つの筋を読み解いていく。
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やってみて、考えて、相談する──往還が実践の熱源
実践の発表は、しばしば「こうやったらうまくいきました」という結果の報告として語られがちである。しかし今回取り上げる実践は、そのような成功談とは少し性格が異なる。
この先生のすごさは、とにかく「もう自分で考えてやってみるということを大量に駆動させながら」動いていることにある。それだけではなく、職場の先輩、地域の先輩、そしてDiscordのコミュニティメンバーにも個人伴走を直接依頼し、相談しながら実践を積み重ねてきた。自分一人で完結させようとせず、月と太陽を往還しながら、周囲とつながり続ける姿が、この実践の熱源になっている。
心マトリクスでいえば、月(内省・思考)と太陽(外へ動く・発信する・問いかける)を行き来し続けているということである。自分の中で考えるだけでも、外へ動くだけでもなく、その往還を「大量に」繰り返している。そしてその往還で生まれた熱が、今度は学年という星の引力として周囲を動かしていく。

心マトリクスが示すように、月と太陽の往還はやがて星のかがやきをつくる。この先生の実践は、その構造をまさに体現したものといえる。自分が月と太陽を往還し続けることで生まれたエネルギーが、学年全体へと広がっていく。この構造を念頭に置きながら、以降の具体的な実践を見ていきたい。
漢字学習は「導入」より「日々の構造」
漢字の導入をどうするか。これは教師がしばしば悩む問いである。しかしこの先生の実践を聞いて、「漢字の導入とか心マトリクスの導入どうすんのって本当にマジでどうでもいいです」という言葉が出てくるほど、問いの立て方そのものが変わってくる。
大切なのは導入の工夫ではなく、毎日の学習の流れの中にけテぶれ的な構造が入っているかどうかである。具体的には、まだ習っていない段階で漢字を書いてみて(テスト)、ドリルで分析しながら自分の練習をする(分析・練習)という流れが、日常の仕組みとして定着しているかどうかが問われる。
「日々毎日毎秒毎分毎秒、そういう仕組みの中から逃さないだけの構造を備えられているかということが大事」という言葉は重い。一回の授業でインパクトのある導入をすることよりも、子どもが毎日その構造の中で動き続けられる環境をつくることの方が、はるかに学びの力を育てる。

この流れは、まさにけテぶれ(計画・テスト・分析・練習)の日常化にほかならない。学校でその流れが日々繰り返されることで、家庭学習でも自分で同じ流れをたどれるようになっていく。学習の自立とは、特別な方法論を教えることではなく、日々の構造が子ども自身に染み込んでいくことで生まれる。また、この漢字の流れをワークシートに落とし込むことで、いずれ子どもに渡すための「単線型の授業の流れ」として機能する。足場として明示することで、いつか外せる設計が見えてくる。
大分析で出た本音は「現在地」である
学期末の漢字テストの結果がかんばしくなく、やり直すことになったという場面があった。そのなかで大分析を行ったとき、子どもから「本間はいっぱいサボってたからあんまりできない。あんまりサボらないようにする」という言葉が出てきた。
この言葉をどう受け取るかで、教師の実践の深さが問われる。
「尻尾を出した」「やっぱりサボっていたか」という目で見れば、子どもは叱責や否定のシグナルを受け取る。しかしこの先生は、そう受け取らなかった。「これを言えたことが大きな飛躍・飛翔」として受け止め、それをフィードバックとして子どもに返している。自分のサボりを認め、次の一手を言葉にできたこと自体が、大きなチャレンジであり勇気ある一歩である。
大分析は、子どもの現在地をつかむための場である。現在地とは、責めるための材料ではない。「どこにいるか」が分かることで初めて、次に何をするかが見えてくる。子どもが自分の現在地を正直に語れたとき、それを「怠慢の証拠」として処理せず、「よくぞ言えた」と価値づける。この見方こそが、信じて・任せて・認める実践の核心にある。
また、「簡単な字を書いていた」と自分で見つけたことを最高と評価する姿勢も同様である。自分の弱点に自分で気づき、言葉にできること——それをすかさず見取り、価値づけるフィードバックが、子どもの現在地をエネルギーに変える。
掃除も行事も、同じ構造で
掃除の時間に、ただ掃除するだけではなく「目標を立てて、結果を振り返って、次のために何をするかを考えて書いて、次に進む」という流れを取り入れた実践も紹介された。
これはけテぶれの構造そのものであり、漢字学習や授業とまったく同じ骨格である。振り返りの構造は、教科や学習場面だけに閉じない。掃除も、運動会も、校外学習も、同じ型でつかまえることができる。
特に印象的なのは、運動会の振り返りも校外学習の振り返りも「内容を振り返って、信じて・任せて・認めるの観点で振り返って」という型が統一されていた点である。型が統一されているということは、子どもが毎回「今日はどう書けばいいの?」と立ち止まらずに済むということでもある。型が染み込んでいれば、振り返ること自体にエネルギーを使わず、内容に集中できる。
さらにいえば、「全授業・全時間も全部同じ型で一方にやったら、もうけテぶれシートでいいと思います。プラスマイナス矢印ってやつですね」という言葉にある通り、振り返りの型を一本化することで、次のステップへの問いが生まれる。どこまで抽象度を上げられるか、という問いである。
ワークシートは足場──具体から抽象へ、そして外へ
振り返りの型を専用のワークシートにすることは、分かりやすさという点では有効である。運動会用、校外学習用、掃除用と、場面に合わせてシートをつくれば、子どもは迷わずに書ける。
しかしそれは同時に、「足場として細かすぎる」ということでもある。
足場とは、いつか外すためにかけるものである。「こういうワークシートはこの前から言っている足場かけですから、どうやったら足場外せるかな」という問いが、実践の次の段階を照らしている。最も具体的なのは場面専用の細かいワークシートで、最も抽象的なのはけテぶれシートのような汎用の型である。

けテぶれシートは、「プラス・マイナス・矢印」という3+3観点の基本的な振り返りの骨格を持ち、どの場面にも応用できる。振り返りの型がここまで抽象化されると、専用シートなしでも、子どもがノート一枚・白紙一枚で自分の学びを振り返れるようになっていく。
足場を外していく道筋は「具体的な専用シート → けテぶれシート → 白紙・ノート」という流れとして描くことができる。いきなり白紙にするのではなく、段階を踏んで抽象化していく。ワークシートを増やすこと自体が目的なのではなく、ワークシートを通じて子どもが自力で振り返れる力を育てることが目的である。専用シートが豊富になっていくのは、あくまでその過程の足場に過ぎない。
自由進度の場を「固定」で終わらせない
授業の中で自由進度的な場づくりも実践されていた。廊下を月のゾーン(静かに個人学習)、教室を太陽のゾーン(班で相談)、黒板前を星ゾーン(先生と一緒に学ぶ)として設定するものである。
この場分けは、子どもが自分の状態に応じて学ぶ場所を選べるという点でよい実践である。しかし「星ゾーンは先生と一緒に」という設計にすると、先生が回れる時間が少なくなるという課題が生まれる。そこから次の問いが立ち上がる。「先生が担っていることは、全部子どもたちが担えるようになること」という視点である。
星ゾーンを「先生に教えてもらう場」としてではなく、「分からない者同士で悩む場」として再定義することで、上限の解放と接続できる。黒板前に机を並べ、そこで粘って悩む子たちが集まる。できる子が教えに来て、ミニ授業が生まれる。月・太陽・星の間を子ども自身が行き来する循環が生まれていく。
「このエリアが太陽・月・星というものがぜひ一気したり、円環したり、循環したりということがなされると良いんだろうな」という言葉が示すように、ゴールは固定された座席配置のノウハウではない。最終的には、エリア分けがなくても、子どもが自分で「今ここで悩んだ方がいい」「あの子に聞きに行こう」と動けるようになること——そこへ向かう足場として、今の場分けがある。
また、図工と漢字を同時に選択して進める「単元またぎの自由進度」も紹介された。小さなスモールステップが積み重なって、「この時間に何をやってもいい」という教室へと拡大していく可能性を感じさせる実践である。
行ったり来たりの中で、実践と人は育つ
持ち上がりの学級で慣れが生じ、語れるはずの場面で語れなかった。そのことが学期末のテスト結果に表れた。「どうしても導入が緩くなったりとか、語れるところで語れなかったりとか、もう分かってるよねみたいな感じで過ごしちゃった」という振り返りは、正直で誠実である。
そこで立ち止まり、もう一度やり直す。トンさんのアイデアを借りて追試し、自分のクラスの実情に合わせてアレンジする。うまくいかないことがあったから、次を考えた。その循環の中に実践の成長がある。
語り合うことで実践は深まり、フィードバックをもらうことでまた成長が生まれる。「語れば語るほど他者からのフィードバックがもらえ、それがまた成長につながっていくという螺旋上昇」——まさにこれがサタデーナイト実践発表という場の意味でもある。
「一発でうまくいくなんて、それは催眠術師です。教育ではありません」という言葉はユーモアを含みながら、本質を突いている。うまくいかないことがあるからうまくいくことがあり、うまくいくフェーズを経てまたうまくいかないことに出会う。この行ったり来たりする循環の中で、子どもも先生も人間として前に進んでいく。
月と太陽を往還し続ける先生の姿が、学年と子どもの学びを動かしていく。そのことが、今回の実践発表から見えてきた最も大切なことである。そしてその往還は、誰かから授けられるものではなく、やってみて・考えて・つながって・また動いていく中でしか生まれない。