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けテぶれは「分析」からでも導入できる

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けテぶれは「計画から始める」ものだと思われがちですが、テスト後の分析を入り口にしても十分に学習サイクルを回し始められます。教師の丸つけを「他者評価」として受け取りつつ、子ども自身の理解感を重ねた「自己評価」で現在地を見取り、その状態に応じた練習へ接続する。そのひと続きを繰り返す中で、子どもたちは学び方そのものを覚えていきます。

「計画から始める」だけがけテぶれではない

けテぶれは計画・テスト・分析・練習の四つのステップがサイクルをなしている学習法です。よくある導入の順序は「計画を立ててから始める」ですが、どこから入っても構わないというのがけテぶれの強みのひとつです。

けテぶれのサイクル図
けテぶれのサイクル図

先生がやりやすいところから実践してもらえばよい、と葛原は言います。「ピンときたところから始める」という発想は、導入のハードルを下げるだけでなく、子どもたちの現実の学習場面に近いところから切り込めるという利点もあります。算数のカラーテストが返ってきた瞬間、そこにはすでに「分析するための素材」が手元にあります。その場面を生かすことができるのが、分析からの導入です。

ただし、入り口が分析であっても、サイクルの意識は忘れないことが肝心です。分析させたなら練習までつなげられるかが勝負であり、練習したなら計画へ、計画が立てば次のテストへとつながることを、指導者が常に意識しておく必要があります。どこから入っても「一周回る」ことを目指すのがけテぶれの本質です。

テスト返却の場面を「分析の入り口」にする

カラーテストが返ってくると、子どもたちは点数と丸バツを受け取ります。しかしそのままテスト直しに移っても、ただ答えをなぞり直すだけで終わってしまうことが少なくありません。そこに自己評価という視点を重ねることで、場の質が変わります。

具体的には、テストが戻ってきたら赤鉛筆か青鉛筆を持って、先生の丸つけに対して自分でもう一度丸・三角・バツをつけ直すという活動です。先生の評価はあくまで他者評価であり、子ども自身の内側にある納得感や理解感とは別物です。

先生が丸をつけていても、自分ではまだしっくりきていない問題には三角やバツをつけてよい——この許可を与えることが重要です。逆に、先生がバツをつけた問題でも、単位の書き忘れや読み間違えなど教科の理解とは直接関係のないケアレスミスであれば、自分で丸に直してよい。それは理解として完全であるからです。

ケアレスミスまで神経質に全部潰させることは、葛原の言葉を借りれば「人間的ではない」ことです。100点は異常であり、人間には多少のブレや不正確さがあって当然、という前提のもとで、理解としての正確さを担保することを優先する。この視点が、評価活動を子どもにとって本質的なものにします。

ここで大切なのは、他者評価と自己評価を両輪にすることです。先生が答えを見て採点した評価と、子どもが自分の内側と照らし合わせた評価。この二つが重なってはじめて、子ども自身の本当の現在地が見えてきます。自分でつけた三角やバツのある箇所こそが、向き合うべき分析対象であり練習対象です。

自己評価の結果に応じた「練習の型」を作る

自己評価がつけられたら、その結果に応じた練習をセットで教えます。算数を例にとると、おおむね次のような型になります。

  • 丸がついている問題 → 説明する練習(なぜそうなるかを声に出したり書いたりする)
  • 三角の問題 → 数字を変えて解き直す
  • バツの問題 → そのまま解き直す

そしてどの状態の子どもも「説明する練習」は必ずやる、というのがこの型の核心です。説明はどのフェーズでも練習として成立するため、全問丸だった子には説明の範囲を広げていくことで上限を開けることができます。単元全体に範囲を広げる、伝える相手を先生から友達へ、クラス全体へと広げていく——こうした拡張が、すでにできている子どもへの対応になります。

練習のイメージ
練習のイメージ

この型は、教師が個別に指示を出し続けるためのものではありません。繰り返し同じ流れを経験させることで、子どもが「算数の分析練習とはこういうことだ」と体で覚えていく。お手本型として定着させることが目的です。

ここで重要なのは、分析活動が自己評価の一種であることです。丸・三角・バツをつけるだけで分析は始まっており、そこからさらにプラス・マイナス・矢印・感嘆符・疑問符といった3+3観点的な思考を膨らませることもできます。しかし最初はそこまで要求しなくていい。まず低い足場として、自己評価と状態に応じた練習をひとまとめにして体験させることが先です。

「分析→練習→計画→テスト」とつながっていく

練習が終わった子には、次のステップとして「計画」に進む選択肢を示します。計画といっても難しいことはなく、教科書をめくって次の学習内容を確かめ、どこに気をつけるかを考えるだけでよい。「次の学習はどうかな」と教科書を流し読みして、自分が間違えそうな場所を探す。それが計画です。

大分析の視点
大分析の視点

計画まで立てられたら、次は実際に問題を解いてみる——それがテストです。こうして「分析→練習→計画→テスト」とつながり、けテぶれのサイクルがひと回りします。この流れが授業の中で繰り返されることで、子どもたちは「勉強とはこういうサイクルで進むものだ」という感覚を、経験として体に入れていきます。

さらに、教科書を舞台にして自分で学習を進められるところまで積み上げていけば、それはほぼ自由進度学習に近い状態になります。ただし、自由進度はあくまで結果としてたどり着く地点であり、最初から目指すゴールとして設定するのではありません。着実な接続を重ね、システムとして構造化された形で導入していった先に、それが現れてくるものです。

授業で覚えた学び方は、家庭学習にも流れていく

このような形で授業内にけテぶれのサイクルを定着させていくと、その後の家庭学習にもよい影響が出てきます。計算ドリルでけテぶれを回すように家庭学習を設計したとき、薄っぺらいサイクルにならない。なぜなら、授業の中ですでに練習とは何かを経験しているからです。

算数のけテぶれは、授業から家庭学習へというベクトルで進めていくことが自然な流れです。授業内で繰り返し経験した分析・練習・計画の型が、家庭でも同じように機能するための土台になります。

学び方を学ぶということは、一度説明して終わるものではありません。繰り返し同じ型を経験させ、子どもが「これが勉強のサイクルだ」と自分のものにしていくことで、それははじめて学習力として根付いていきます。けテぶれを分析から導入するというのは、その定着のための入り口のひとつです。

テスト直しの場面は多くの授業に存在しています。その場面を単なる答え直しで終わらせず、自己評価と練習と計画への接続として設計し直すだけで、けテぶれのサイクルを授業の中に静かに根付かせることができます。「計画からでなければいけない」という先入観を外し、目の前の子どもたちがいる場面から始めてみてください。

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