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全校算数がひらく、小規模校の学びの場づくり

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三重県の小規模校で行われた「全校算数」の第1回を通じて、異学年が同じ場を共有することの価値を整理します。子どもにとっては、教室ではなかなか出てこない自律的な姿と学び合いが生まれ、その成功体験を日常授業に「逆輸入」できます。教師にとっては、自由な学びの場を見取り、語り、フィードバックする実地研修になります。月1回の常設化を続けることで、普段の授業と全校算数が往還しながら、学校全体で学び方を育てる文化が形成されていきます。

全員が同じ場に入る、第1回のチャレンジ

今回、三重県の小規模校で「全校算数」という取り組みが初めて実施されました。5・6年生が複式学級、他学年も単学級という学校で、全校児童が広いスペースに集まり、算数を自分のペースで学ぶというものです。5・6年生はけテぶれ・QNKS・心マトリクスを組み合わせた実践を長く積んでおり、自由進度的な学びに習熟しています。4年生も大計画シートを使った自由進度学習に取り組んでいる。一方、1〜3年生はそういう学び方にこれからチャレンジしていこうという「現在地」にいます。

全員が初めての試みでした。先生方もイメージが湧かないという声があるなか、「全員初めてなんだから、そりゃそうだろう」という感覚でみんなで飛び込んだ第1回でした。全校算数は、全校で同じ内容を受ける合同授業ではありません。個別最適かつ協働的に、各自が自分の学びを進めながら、同じ場を共有するという設計です。 かつてこの国にあった寺子屋のように、異なる年齢の子どもたちが同じ空間で、それぞれのペースで学ぶ。「そもそも人間の学びというものはこういうものだったのだな」と思い出させられるような場が、小規模校というフィールドで立ち現れた瞬間でした。

けテぶれマップ
けテぶれマップ

このような学びのコントローラーを通じて子どもたちが自分の学びを進められるようになると、場の設計がまた変わります。全校算数はその先にある問いです。「自由進度学習が成立している学級が集まると、学校全体ではどんな場が生まれるか」を実際に試した取り組みとして位置づけることができます。

場が変わると、子どもが変わる

実際に子どもたちが集まった場で何が起きたか。印象的だったのが、2年生担任の先生のエピソードです。全校算数を控え、「教室でも自由に学ぶ場をやってみた」という。ワークシートを作って、みんなで自由に学んでみたところ、「めちゃくちゃ喋るばかりで、個人でやらせた方が全然学びが成立していた」という結果になったそうです。「この子たちにはまだ早い」と感じた直後に、全校算数を迎えた。

その子たちが、全校算数では「めっちゃやってた」というのです。教室とは全然違った、と。

この差はどこからくるのか。教室は同年代と気心知れた先生だけの閉じた空間で、どうしても甘えや手抜きが出やすい。一方、全員が何かに向かって熱く学んでいる場に「掘り込まれる」ことで、普段とは違う姿が子どもの中から出てくる。 これが場の質の力です。

学年を超えた学び合いもそこで生まれます。兄弟関係も多い小規模校では、お兄ちゃんお姉ちゃんとの関わりが自然に起きやすい。高学年が低学年を教える場面では、「2年生の問題なのにめちゃくちゃ難しい」という感覚に引き寄せられ、何人かがわらわら集まってああでもないこうでもないと考える瞬間も生まれていました。今日は異学年が混ざって集まることに価値を置いた設計で、協働的な学びの側面に意識的にフォーカスが当てられていました。

異学年が同じ場にいることで、教室の中だけでは出てこなかった自律的な姿と学び合いが立ち現れる。それがこの場の本質的な価値です。

成功体験の「逆輸入」という発想

全校算数で生まれた良い姿は、一度きりのものではありません。「一旦経験していると、姿という形で指示語でその体験を指すことができる。これがめちゃくちゃ強くて、一旦自分で経験したことは再現することが可能なんです」という言葉が、この場の設計の核心をついています。

自由進度的に学ぶとはどういうことか。それを言葉で説明しても子どもに伝わりにくい。しかし「あの全校算数のときみたいに、自分で考えて進めてみよう」という形で指示語で指せるようになると、話が一変します。「逆輸入」という言葉が表すように、全校算数で出た学びの姿こそが、日常の教室で目指すべき姿のモデルになります。

学びのコントローラー
学びのコントローラー

学びのコントローラーを通じて、やってみるという行動と考えるという振り返りを往還させながら、子どもは経験を積んでいきます。全校算数の場で積まれた経験の蓄積は、まさにこの往還の一サイクルです。教室の中だけで自由な学びを実現しようとすると、先生一人が試行錯誤するしかありません。しかし全校算数という成功体験があれば、「あの場ではできていた」という事実を起点に、日常の授業に少しずつ取り入れていくことができます。現在地からの一歩を踏み出すための足場が、体験として積まれているということです。

子どもにとっての成功体験という側面だけでなく、教師にとっても「この子たちにもできるんだ」という発見があります。目の前の子どもたちの可能性を、実際の姿で見せてもらえることの価値は大きいものです。

教師にとっての実地研修 — 全員がプレイヤーになる場

これまでの学校研究では、一人の教師の授業にスポットライトを当て、他の先生方が見るという形が主流でした。その構造では、授業をする先生が最も大きな負荷を負い、見る側の先生たちはどうしても「お客さん」になりがちです。「勉強になりました」で終わり、次の自分の授業にわずかに活かして終わるというサイクルになりやすい。

全校算数はこの構造を根本から変えます。全員がやるので、全員がプレイヤーです。 一人の授業を見るのではなく、同じ場を全員で作り、同じ子どもたちを全員で見る。そこで何が起きているかを共有しながら、次の手立てを一緒に考えることができます。

OJT(オンザジョブトレーニング)という言葉がぴったりきます。自由な学びの場において、何を切り取って子どもたちにフィードバックするか。どんな言葉で語れば、子どもたちが納得して動き出すか。それを、実際にやっている先生の姿と一緒にいることで、具体的に身につけることができます。「こうやればいいんだな」というイメージが、言語的な説明ではなく体験として入ってくる。

全校算数において、研究主任の先生は学校全体の子どもたちの様子を見て、価値づけし、フィードバックし、語ります。それは普段の教室の中でもやっていることと同じですが、全校規模の場で行われることで、他の先生たちにとってのロールモデルになります。どういう場面を取り上げ、どんな言葉で語りかけると子どもが動くのかが、目の前で実演されるわけです。

月1回継続されることで、「今日は見るだけで終わったけれど、次回はこのクラスの子たちに関わってみよう」という練習の機会も生まれます。ノウハウが個人に閉じず、学校全体で蓄積されていく研修のデザインです。

月1回の常設が生む、授業との往還

今回は第1回のチャレンジでしたが、これが月1回の常設の場になったとき、何が変わるでしょうか。

「月1回そういう場があるという状況が子どもたちの中にセッティングされると、あそこでは何をやろうかなということを子どもたちは考えることができる」という言葉が、常設化の価値を端的に表しています。

普段の授業で分からなかったこと、できなかったことをストックしておいて、月1回の場で解消する。お兄ちゃんお姉ちゃんも先生たちも複数いる場だから、難しい問いを持ち込む価値が生まれます。逆に、算数が得意な子にとっては、日頃の授業で自分の学びを深めつつ、全校の場では他学年の学びを支える役割に徹するという選択もできます。低学年の問題を教えようとしたとき、「2年生の問題なのにめちゃくちゃ難しい」という新しいつまずきに出会う。それ自体が、その子にとっての豊かな学びになります。よくできる子が他学年へ説明したり支えたりすることで、自分の理解の盲点に気づき、学びが深まっていく。

この設計には教師側の意識も必要です。日常の授業と全校算数を接続させ、「今日の授業ではこういうことをするよ。月1回の場では、こういう問いを持っていける」という意識的な働きかけが伴ってこそ、往還は深まります。子どもに任せればいいという発想とは異なります。教師が場と日常の授業をつなぐ架け橋として機能することで、場の価値は最大化します。学び方を学ぶとは、そういう往還の蓄積の中から育つものです。

子どもも大人も「プラスマイナス矢印」で振り返る相似形

全校算数の場を終えた後、子どもたちもプラス・マイナス・矢印を使って今回の学びを振り返り、次につなぎます。先生たちも同じく、今回の場のプラス・マイナス・矢印を考えて次につなぐ。

「この相似系が、両輪として回ったとき」という言葉が印象的です。子どもが自分の学びを3+3観点で振り返るのと、教師が場を振り返るのが、まったく同じ構造で起きている。やってみる⇆考えるという往還が、子どもと大人の両方で同時に進んでいる状態がそこに生まれます。

学校全体の頭を共有しながら、同じ対象に向かって手立てを打ち続けることができる。個々の先生の実践が点として散らばるのではなく、学校という単位でのノウハウの蓄積が起きていく。各学年・各学級の状況を全員で見ているから、一つの学級で起きていることの早期発見にもつながります。「うちの学年は」「うちのクラスは」という言い訳が生まれにくく、全員で場を豊かにしていくという共同主体が育っていく。これが全員プレイヤー型の学校研究が持つ力です。

場に保存される学校文化、その展望

ある小規模校が、総合的な学習の時間に動物を飼ったり水辺体験をしたりする実践で知られているとすれば、それはその学校という「場」に学びの在り方が保存されているからだ、という話が出ていました。人が入れ替わっても、その場に浸ることで学べてしまう環境が整っている。

全校算数を積み重ねた先に目指しているのは、これと同じ構造です。月1回の全校算数を経験し続けることで、日々の授業にも子どもたち主体の場づくりが当たり前になる。先生たちのイメージがどんどん湧き、子どもたちの経験が積み重なる。ふとした瞬間に「月1回やってるあれを、今日の教室でもやってみよう」という流れが自然に起きるようになります。

そうなると、新しく赴任してきた教師も、入学したばかりの1年生も、その学校の「場」の中に参加するだけで、学び方を身につけ始めることができます。 先生が一から全部デザインしなくても、場と文化が学びを育てる。学校文化として学び方が根付くとはそういうことです。自立した学習者へのプロセスが、学校全体の環境として整備されていく。

今回は第1回の挑戦でした。可能性を感じた場として、その手触りが確かなものだったことは伝わってきます。小規模校だからこそ、今できる形でここから始める。その先に、子どもも教師も学び続ける学校の姿が描かれていました。

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