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校内研修で見えた、けテぶれを成功させる鍵

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大阪府寝屋川市の小学校で、全校漢字けテぶれ導入に向けた研修を行いました。この記事では、宿題けテぶれを授業に接続するための研修デザインと、多くの先生が直面する「やらない・できない子にどう接するか」という問いへの向き合い方を整理します。けテぶれの本質は分量や形式の遵守にあるのではなく、子どもの現在地を認めた上でその一歩を解釈し、次の一歩を問い返すところにあります。

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全校で漢字けテぶれに取り組む学校での研修

訪れた学校は、今年度から漢字けテぶれに全校で取り組もうとしている小学校でした。前年度は、やれる先生がそれぞれの教室で実践するという段階でしたが、今年度はいよいよ全校展開へ。学校には全クラスに心マトリクスが掲示されており、けテぶれ・QNKS・心マトリクスを組み合わせて自由進度学習に取り組んでいる先生もいました。非常に前向きに推進してくださっている文脈です。

研修のデザインとして大切にしたのは、宿題としてのけテぶれだけで終わらせないという点でした。宿題けテぶれのコツを共有するだけでなく、それがどうやって授業に接続するかを扱いました。先生方には実際に授業を構想するワークをしていただき、学校内で先進的に実践している先生のプレゼンをもとに、チェックシートを使いながら全員で授業を考えていただきました。

25分ほどのワークではありましたが、「自分の教室だったらどうするか」という問いに向き合うことで、先生方から様々な悩みやアイデアが出てきました。その場で対話的に考え、お互いの悩みを共有できる時間は、情報を受け取るだけの研修とは栄養価が違います。完成した授業計画にはすぐ至らなくても、あるときにピンときたら発動できる下地が確実にできていく、そういう研修になったと感じています。

「やらない・できない子」への最初の問い

けテぶれを導入しようとするとき、先生たちから最も多く聞かれるのが「できない子、やらない子にどうやったらやらせることができますか」という問いです。

ただ、この問いに入る前に、もう少し手前に立ち止まって考えてほしいことがあります。

まず何より大切なのは、その子がその子なりにその教室で存在できる居心地の良さを実現することです。けテぶれをやらなかったからといって、その子の人生が終わるわけではありません。けテぶれはより豊かに学ぶための手段であって、それへの納得のないまま「やらせること」に向かっても、ボタンはかけ違ったままです。

特に気をつけたいのが、保護者との関係です。保護者が受けてきた教育とけテぶれ的な学び方は、目指す方向は同じでも、見え方が少し違います。子どもが「先生がちゃんと教えてくれない」「けテぶれが苦手」と言い始めたとき、それが登校渋りに結びつき、最終的に「けテぶれをやめさせよ」という動きに発展してしまうことがあります。算数が嫌いでも「算数をなくせ」にはならない。でも、けテぶれはまだ保護者に十分理解されていないため、そういう動きが起きやすい。

だからこそ、やらない・できないを過度にネガティブに見ないことが、全校展開の土台として欠かせないのです。

90点取れるから1行でいい、は正しい判断

研修の中で、こんな具体的な場面が出てきました。「漢字が90点くらい取れるから、もう1行しかやらない子が出たらどうしますか」という問いです。

これに対して私の答えは、まずその判断が妥当であることを、ちゃんと共感をもって認めることから始めるというものです。

なぜか。けテぶれは「賢くなるための方法」です。5年生であれば「5年生の漢字を十分に習得する」という目標があり、それをすでに達成できているなら、その手段を毎日フルに使う必要はありませんよね。90点取れているなら1行でいい、というのは論理的に正しい判断です。何も間違えていない。

同様に、「1日目に10問中9問正解だったから、2日目は間違えた1問だけテストして練習した」という子の判断はどうでしょう。これは「めちゃくちゃ考えている」状態です。1日目に合っていた9問を翌日また練習する必要はない。間違えた1問に集中するのは、見事に妥当な判断です。全員にこういう考え方をしてほしいぐらいの勢いで、まず認めます。

ここで共感せずに「でもけテぶれはちゃんとやらないと」と返してしまうと、ボタンがかけ違ったまま1年が進んでしまいます。「90点取れているからやらなくてよい」という子どもの根源的な正しさを無視した指導は、そこから先に進めません。

けテぶれ図
けテぶれ図

認めるところまでは自然な対応です。でも、そこからが大切です。認めた上で、今度は現在地から一歩踏み出すという話を始めていきます。

現在地から一歩踏み出すことが、けテぶれの本質

共感した上で、次にこういう提案をしていきます。

「漢字を90点取ることは最低限として達成できている。それは全然いい。でも、けテぶれという場で大切にしてほしいのは、今の現在地から一歩踏み出すという感覚を身につけることなんです。それはスキルでもあり、マインドでもある。」

漢字の学習をフィールドとして、「今の自分の状態から、もう一歩前に進む」という経験を積む場として捉え直してほしいということです。その一歩は小さくていい。でもその小さな一歩を、毎日、自分の意志で踏み出すことに慣れていく。そういう練習の場として提案するわけです。

90点取れている子には、塾の問題に挑戦してみるとか、もっと難しいことに取り組んでみるとか、そういう一歩がある。そういう努力が結果として実るという構造、つまり上限を解放する仕組みを整えながら、この話をしていくことが大切です。

また、「けテぶれをやって勉強が楽しくなってきた」という友達の姿がクラスの中に増えていくことも、その子の見方・考え方・価値観を変えていく大きなきっかけになります。語りかけで伝える動きと、教室環境を整える動きの両輪で進めていくイメージです。

分量の指定より「語れる根拠」が鍵

「最低1日1ページという分量での宿題の出し方はどうでしょうか」という相談もありました。

これは、それ自体が悪というわけではありません。そういう形での自己調整学習もあり得る選択肢です。

もう一つのオプションとしてお勧めしているのは、「分量は問わないけれど、計画・テスト・分析・練習を一周させることを最低限の課題とする」という示し方です。

なぜなら、けテぶれで伝えたいのは「現在地から一歩踏み出す経験を毎日する」ということだからです。その一歩は、分析・練習のサイクルを回すことで生まれます。分量で縛るのではなく、けテぶれを一周回すことを最低ラインとして示す方が、その意図に直接つながっています。

どちらの示し方を選ぶにせよ、本当に重要なのは「なぜそう示しているのか、教師自身が語れるかどうか」という点です。「1ページやりましょう」と言うなら、その1ページにどれだけの深い根拠がありますか。「けテぶれ一周回しましょう」なら、「現在地から一歩踏み出す経験を毎日してほしいから」と語ることができます。子どもに対しても、保護者に対しても、そう言える。それが語れるかどうかが、指導の強さを決めます。

一文字どん、テストで終わり——その子の一歩を解釈する

「けテぶれ一周」という最低ラインを示したとき、実際に起こりうる場面があります。

たとえば、計画・テストまでやって終わってしまった子。あるいは、大きく漢字を一文字だけノートにドーンと書いて「終わり」と言う子。こういう場面で、教師としてどう返すか。

まず、頭ごなしに否定しないことです。

計画・テストで終わった子には、「よくできた。じゃあ、明日は何をする予定?テストで分かったこと・分からなかったことが出てきたはずだから、明日の分析・練習ページがあるはずだよね、どう考えてる?」と問い返します。否定ではなく、その続きを一緒に考える問いかけです。

一文字どんの子には、まず聞きます。「これはテストのつもりでやったの?練習のつもりでやったの?」練習だと言えば、「大きく書いて細部まで確認するというのは練習として妥当だよ。じゃあ明日の計画は、昨日大きく書いた字が本当に書けるようになったか確かめるテストをしてみるということになるよね」と、次の一歩を示していきます。答えが出ない場合でも、「フィードバックなしで大きく書いているだけなら、これは練習の可能性が高い」と教師が解釈して伝えてあげればいい。

練習のイメージ
練習のイメージ

大切なのは、その子が踏み出した一歩を否定するのではなく、その一歩をちゃんと解釈して、次の一歩を想定させるという関わりです。「1ページと言ったから1ページやってきた」は妥当な行動です。それを認めた上で、「じゃあ明日は?」と返す。この積み重ねが、子どもの学び方の見方・考え方を少しずつ変えていきます。

教育的合気道という関わり方

この関わりを私は「教育的合気道」と呼んでいます。

向かい合わない、相対しない、ファイトしない。

「だめだろう」ではなく、「すごい、じゃあ次どうする」というアプローチです。子どもの判断に正面から抗うのではなく、その方向性を受け止め、次の動きへと誘っていく。子どもが踏み出した一歩には、必ず次の一歩への接続点があります。教師の仕事は、その接続点を見つけて問い返すことです。

納得のない指導は積み重なりません。まず子どもの現在地と、そこから生まれた判断の妥当性を認める。その上に立って、一緒に次の一歩を考える。この構えが、けテぶれを教室に根付かせていく上での根幹になります。

おわりに

全校でけテぶれに取り組む学校での研修を経て、改めて感じたことがあります。けテぶれは、子どもを従わせる仕組みではないということです。

やらない子、できない子を過度にネガティブに見ることは、実践を崩す引き金になります。逆に、「90点取れるから1行でいい」という子の判断を認めることから始まる対話が、その子のけテぶれへの意欲・見方・価値観を変えていく大きなきっかけになります。

現在地を認め、その一歩を解釈し、次の一歩を問い返す。この積み重ねの中で、子どもたちは「現在地から一歩踏み出すスキルとマインド」を少しずつ身につけていきます。それが、けテぶれという場の本質です。

校内研修の中で先生方が悩みを共有し、授業を実際に構想してみる時間は、そのエッセンスを体感する場として機能します。すべてがその場で解決するわけではありませんが、ピンときた瞬間に発動できる下地は確実にできていきます。形式の遵守よりも、子どもの現在地への眼差しを大切に、一歩ずつ積み上げていきましょう。

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