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突然の学級閉鎖を、自律的に学ぶ本番に変える

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インフルエンザによる学級閉鎖が、突如3〜6日間の休みを生み出しました。この出来事を「単なる休み」ではなく「子どもたちが自分の学びを自分で起動できるかを問われる本番」として捉え、実際に行った語りと子どもたちの姿を報告します。日々の授業で積み重ねてきた5分計画・35分実行・5分振り返りのパッケージが、学校外の数日間を子ども自身が設計・実行するための土台として機能するかどうか——今回の学級閉鎖は、その問いが突きつけられる場面になりました。

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突如、本番が現れた

インフルエンザが猛威を振るい、ついに学級閉鎖が決まりました。3日間の休校に加え、折しも連休と重なったことで、子どもたちは最大6日間、学校のない日々を迎えることになりました。

こういう時、「やった、休みだ」と感じる子がいるのはごく自然なことです。ただ、クラスの雰囲気はそれとは少し違う方向に流れていました。学校で勉強したい、みんなと学びたいという声が上がる一方で、休みでよかったと内心感じている子も必ずいるはずです。全員が同じ気持ちなどということはありえません。その前提を忘れずに、それでもこの場面を活かしたいと思いました。

子どもたちに語ったのは、「突如、本番が現れましたね」という一言です。

学校がある3日間が急になくなった。では、あなたは自分でできますか。今から計画を立てられますか。そう問いかけた時、全員がノートを広げて、どうしようかと自分で考え始めました。戸惑いはある。難しいチャレンジだという認識もある。それでも「何をしていいか分からない」状態になっている子は一人もいませんでした。ここが、この1年間の積み重ねの結果として見えた景色でした。

5分計画・35分実行・5分振り返りという土台

なぜ全員が、教師なしで自分の計画を立て始めることができたのか。その背景には、日々の授業で積み重ねてきたパッケージがあります。

授業の最初の5分で計画を立て、35分間学習し、最後の5分で振り返る。このパッケージは、図書の時間も含めたあらゆる教科で繰り返されてきました。1日のうちの45分を自分でコントロールするという練習が、毎日積み重なっていたのです。

学びのコントローラー
学びのコントローラー

これは「35分の学びのコントローラーチャレンジ」として毎日続けてきたことです。今回の「3日間・6日間のチャレンジ」は、その難度が格段に上がったバージョンです。先生もいない、友達もいない、教科の枠組みすらない中で、全てを自分で起動し、遂行しなければなりません。でもそれこそが、この1年を通じて本当に目指してきた姿です。

いつまでも学校があるわけでも、クラスメイトがいるわけでも、先生がそばでコントロールしてくれるわけでもありません。そういう空間で自分の学びを起動し、努力を積み重ねていけるか。それを日々の35分で練習してきた。今回の学級閉鎖は、その接続として位置づけられました。

計画は立てて終わりではない

6時間目の学活を計画立案の時間に充てました。3日分の時間割表を配り、各教科の学習内容を確認しながら、子どもたちが自分で3〜6日間のスケジュールを組み立てていきます。

音楽があるからリコーダーを持って帰らないといけない。図工の釘打ちは家ではできないから、その時間は別の教科に充てよう。算数は次の単元に入るから大計画シートを作ってから始める——子どもたちはこうした判断を、ごく自然に行っていました。漢字の総復習テストをどのタイミングで行うか、理科の音の実験を家の紙コップで再現できないか、社会の調べ学習はタブレットで進められる、といった見通しも、それぞれが立てていきました。

けテぶれ図
けテぶれ図

計画が形になってきた時点で、子どもたちに伝えたことがあります。「これを立てて終わりじゃないよ」ということです。

これは耳に痛い言葉かもしれませんが、本当に大事なことです。計画というのは、立てた瞬間に「絵に描いた餅」になりやすいものです。特に6日間、3日間という大きな計画は、あっという間に形骸化して、最後に帳尻合わせをするだけになりがちです。

けテぶれで言えば、計画が立てられたなら、次はテスト(実行)です。 考えたのなら、次の「やってみる」が速攻で始まります。計画後に残り時間があったとしたら、そのままだらだら過ごすのではなく、計画を遂行する時間にしてください——そのように語りました。一個コツを加えるとすれば「前倒し」です。後ろ倒しにすると計画自体がどうでもよくなってくる。前倒しで消化していくことで、計画に勢いがついていきます。

自分なりの計画の型を知っている

計画の立て方は、子どもによって見事に違いました。

何時から何時まで国語、何時から何時まで算数と、1日を精密に組む子がいます。一方で、朝は学習して昼はのんびりして夜に集中するという朝昼晩のルーティンだけを決め、細かいことはその時に判断するという子もいます。最初から全部決めても順調にいかないから、ざっくりしたものだけ決めてあとはその時に考える——これは自分の認知のタイプを理解した上での、立脚した計画の立て方です。

大計画シート
大計画シート

算数では大計画シートをノートに作り、単元全体の見通しを持ってから学びに入るという子もいます。計画にチェック欄(フィードバック欄)を自分で設けて、できたかどうかを毎日確認できる仕組みを作る子もいました。さらに、漢字については「2日やって1日休む」という計画を立てた子がいました。時間が空くと記憶が飛ぶという性質を知っている。だからあえて忘れる期間を作り、次のテストで抜けやすい漢字を発見して、そこに焦点化して練習する——これは小学3年生、8〜9歳の子どもの発想です。

どちらの計画が正しいということはありません。バチッと決めてひとつずつクリアする方が気持ちいいのか、余地を残してその場で判断する方が動きやすいのか、これは本当に人それぞれです。 自分の学び方を知って、それに立脚した計画を立てられるようになること——これが、自分なりの学び方が育ちつつある証です。

過去の失敗を計画に折り込む

もう一つ、子どもたちに問いかけたことがあります。「今立てているその計画は、過去の失敗を前提とした計画になっていますか」ということです。

自習の時間や図書の時間で、なんとなくダラダラしてしまった経験のある子はいます。気分に流れてしまって、積み重ねていくような学びができなかった経験のある子もいます。今回の3日間には、それが「10倍くらいの大きさ」で襲いかかってきます。先生も友達もいない。環境が整っていない。そういう中で過去と同じパターンを繰り返せば、3日間が丸ごと無駄になるわけです。

失敗してもいい。でも同じ失敗を繰り返すことは、生産的ではありません。

失敗を恐れないようにすることは大事です。でも本当に大事なのは、その先の段階です。失敗を経験として蓄積し、その情報を次の計画に折り込んでいく。失敗の処理の仕方、消化のさせ方を、知識としても体験としても積み重ねていく。そのために最近は、計画を立てる時に「自分のこれまでの失敗パターン」を書き留めることを勧めています。

「俺はこういうところで崩れやすい、だから注意する。こういう状態になった時はこうする」——これはある意味、自分で自分を「占う」ようなものです。朝の情報番組で自分のことを何も知らない占い師が言う言葉よりも、自分がずっと自分を見つめて集めてきた情報から投げかける言葉の方が、よほど精度が高い。そういう自己観察と計画の接続を、少しずつ積み重ねていく段階に来ています。

「ちゃんと学べる、考えられる、生きられる」土台として

教科には、それぞれの見方・考え方があります。算数的な見方、国語的な見方。それらを働かせて学ぶことは、もちろん大切なことです。

ただ、学習指導要領が「何を学ぶか・どのように学ぶか・何ができるようになるか」を問うのは、学校を卒業した後、教育という枠組みの外に出た時に、その子が何を持っているかを見るためです。休み時間も、放課後も、学校を離れた生活の中でも、自分の学びを起動できる何かを授けることができているか——これが問われています。教科ごとの見方・考え方を精緻に育てることは重要ですが、それを支える根本的な土台があってこそです。

まず器を作ること。ちゃんと学べる、ちゃんと考えられる、ちゃんと生きられる、という土台を作ること。 その上に初めて、精緻な見方・考え方が乗ります。土台のないところにバラバラな知識を積み上げても、それはバラバラと崩れていきます。教科の見方・考え方を否定したいわけではありません。それを活かすための地盤として、もっと根本的な力を育てることに取り組んでいるということです。

今回の学級閉鎖は、その土台がどこまで育っているかを確かめる場になりました。子どもたちは一人残らずノートを広げ、どうしようか、何をしようかと自分で動き始めた。戸惑いはあっても、止まっていない。「何をしていいか分からない」状態になっている子は一人もいない。それがこの1年間の実践の、一つの答えでした。

学校がなくなっても、クラスメイトがいなくなっても、自分の人生を自分で歩んでいくための力——それを日々の45分の積み重ねから育てていく実践を、これからも続けていきたいと思っています。

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