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2年目の葛原学習研究所は、けテぶれラボで公教育をアップデートする

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葛原学習研究所の1年目は、けテぶれ・QNKS・心マトリクス・自由進度学習など、実践の根幹となるコンテンツを出し切り、基本の「教科書」を揃える段階だった。2年目は、その教科書を手にした教師たちが集まる「場」をどう設計するかというフェーズに入る。Voicyプレミアムでは学習科学や哲学の視点から葛原実践を捉え直す内外往還が始まり、オンラインでは少人数チームとメンターによる「研修のデザイン」が動き出す。夏にはリアルの場で実践交流が行われる。その核心は、葛原氏が話して聴衆が受け取る構造ではなく、参加者一人ひとりが主体性になれる場の質をつくることにある。動機の根底は、一貫して公教育のボトムアップ改革という一点だ。

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1年目という教科書づくりの時間

「1年目は、僕は教科書作っていたんですよ。教科書、大体できたんですよ。」

葛原祥太がこう語るとき、それは謙遜でも誇示でもない。けテぶれ・QNKS・心マトリクス・自由進度学習・生活けテぶれ・シール手帳——これらの実践概要を、Voicyや葛原学習研究所のメディアを通して体系的に公開してきた1年間の、率直な自己評価だ。

商業出版の形はとっていないが、それぞれの概念が音声・テキスト・一枚要約プリントとして「ゲットできる状況」になったことで、誰もが手にとれる教科書が揃った。国語・算数・理科・社会に喩えるなら、教科ごとに対応するコンテンツが出そろったという実感がある。

1年目の情報発信は、散漫な試行錯誤ではなく、公開に値する実践知の教科書化だった。

そのプロセスでもう一つ起きたことがある。教科書を手にした「学習者たち」が、実際に集まってきたということだ。実践を知りたい教師、試してみている教師、確信を持って続けている教師——さまざまな段階の人びとが、けテぶれサロンというオンラインの場に集まり始めた。

2年目の転換——内外往還で実践を深める

2年目に入り、Voicyプレミアムの内容が一段変わった。実践の概要を紹介する段階から、「外側の理論を紹介しつつ、そこから自分の実践に戻ってくる」段階へ。これが内外往還の試みだ。

足掛かりとして始まったのが、学習科学の視点からの葛原実践の読み直しである。科学的なエビデンスをもとに、けテぶれやQNKSがどのような学習メカニズムと接続しているかを語る企画だ。葛原実践は、もともと現場の試行錯誤から生まれたものだが、「作り上げてきたものは、あらゆる領域に接続されているような理論として育ってきた」という実感が、このアプローチを支えている。

さらに視野は哲学や宗教の領域にまで広がる。子どもたちに人生を語らなければならない仕事に就く教師が、人間が積み上げてきた「良さへの思考」をどれだけ自分のなかにインストールしているか——それが教師の力量の奥底に関わる問いだと葛原は言う。

教師の研究三位一体
教師の研究三位一体

こうした「教育学・学習科学・哲学」の三方向から自分の実践を語り直す姿勢を葛原は「教師の研究三位一体」と呼ぶ。外側から理論を参照して実践へ戻ってきたとき、実践はより豊かな文脈をまとっている。学習科学を「外部権威による後付けの正当化」として参照するのではなく、自分の実践と照らし合わせながら往還する——この構えが、2年目の深化の軸だ。

研修のデザインという仕組み

充実したコンテンツが揃い、それを手にした人たちが集まった。では次に必要なのは何か。葛原が「目玉企画」と位置づけるのが、研修のデザインの本格始動だ。

その中核は、オンラインサロン内での少人数チームによる学び合いにある。参加者を希望制で4〜5名のグループに振り分け、そこに1名のメンターをつける。5人グループで2週に1回のペースでDiscord内に集まり、各自の実践を報告し、質問し、応答し合う。

メンターは外部から誰かを呼ぶのではない。葛原実践を長年かけて深めてきた実践者の方々に直接声をかけ、その厚みと信頼性を担保する。「こういう時どうしたらいいんですか」という問いを、小グループのなかで何度でもぶつけられる仕組みだ。

教師が「学校外のところでちゃんと相談できる仕組み」を求めているのは、一人で実践している孤独、学年で試しているが確信が持てない不安、正しい方向に進んでいるか判断できないもどかしさ——そういった現場のリアルがあるからだ。研修のデザインは、その問いに応える場として設計されている。

1学期が終わるころには、希望者による語りの場——実践発表会——も設ける予定だ。「語りは大事」という言葉に込められているのは、実践を言葉にして他者に届けるプロセスが、実践者自身の理解を深めるという確信だ。自分がやってきたことを語ることで、初めて見えてくるものがある。

熱の広げ方
熱の広げ方

熱は、発信者から受け取り手へと一方向に流れるのではない。場に集まった一人ひとりが語り、応答し合うなかで、互いに広がっていくものだ。少人数チームの設計は、その熱の広がりを意図的に設計したものとも言える。

学級づくりに似てきた——だから本領発揮できる

葛原がこの研修のデザインにワクワクしている理由がある。「学級づくりにだんだん似通ってきているんですよ」という言葉がそれを端的に表す。

教科書がある。それを持った学習者たちが集まる。そこに手立てを打っていく——この構造が、教室でやってきたことと重なってきた。

けテぶれ×QNKS
けテぶれ×QNKS

けテぶれは「計画・テスト・分析・練習」の往還を通じて学習者の自律を育て、QNKSは「問い・抜き出し・組み立て・整理」という思考のプロセスを言語化する。これらを実践してきた教師たちが自立した学習者として集まった場で、葛原が使える手立ては、まさに教室で磨いてきたものだ。「葛原本領発揮である可能性がある」と語る言葉には、実感と確信が混ざっている。

研修のデザインが目指すのは、葛原が語ることで完結する受け取り型の学びではない。参加者それぞれが教科書をもとに実践し、語り、問い、応答し合う——その追体験としての研修空間だ。教室で子どもたちとやってきたことが、教師の学びの場でもう一度動き出す。

夏のリアルイベント——参加者が主体性になる場

1学期の少人数チームによる交流を経て、夏にはリアルの場での実践交流会が予定されている。前回の経験で「一番熱量が上がった」のがポスター発表だったという。会場の壁一面にそれぞれが作ってきたポスターが貼られ、参加者が行き来しながら語り合う。

これは入門講座ではない。知識を授けてもらう場でもない。

「僕が作りたいのは、やっぱりみんな集まってくれた、みんながちゃんと主体性になれるっていう場。」

葛原が主役として話し、聴衆が受け取る形ではなく、参加者一人ひとりが公教育の最先端として現場を動かしている主体性であることを、場が最大化する——これが設計の核心だ。そこには教室で子どもたちに向けてきたのと同じまなざしがある。

「そもそも僕が主体性なんかじゃないんですよ。皆さんが皆さんの実践のそして公教育の最先端として働いている主体性であるはずですので。」

場の質を最大化するために、学年別・教科別のグルーピングや、管理職チームの可能性も検討されている。参加者同士が実践の文脈を共有しやすい構成を作ることで、語りが深まり、交流が実体化する。入門の人も、深く実践している人も、同じ会場に集まることで生まれる多様性そのものが、場の豊かさになる。

公教育のボトムアップ改革という一点

1年目の教科書づくりも、2年目の研修のデザインも、夏のリアルイベントも——その動機は一本の線でつながっている。

「もうほんとマジでただひたすら公教育を良くしたいっていう思い一心なんですね。」

ビジネスの拡大でも、知名度の向上でも、コミュニティの数字でもない。現場の教師たちが学び合い、語り合い、実践を深めていくことで、公教育がボトムアップで変わっていく——それが葛原学習研究所のミッションの根幹だ。

こうした場の設計が、学習科学や哲学との接続によって理論的な深みを持ち、少人数チームとメンターの仕組みによって実際の学び合いとして機能し、リアルの場での実践交流によって熱量を帯びる。これらがつながるとき、「公教育のボトムアップ改革」という言葉は、抽象的なビジョンではなく、具体的な手立てとして機能し始める。

2年目の葛原学習研究所が進もうとしているのは、そういう道だ。

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