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発信活動5年間の軌跡と、これからの葛原学習研究所

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Twitterでの出会いと餃子屋での初対面から5年。葛原学習研究所の発信活動は、SNSからオフラインイベント、登壇、書籍、Voicyへと広がり、教育実践者への届け方そのものを問い直してきた。本記事では、その軌跡を対談形式で振り返りながら、「話を聞かせる」だけでなく「実際にやってみる」ワークショップへの転換、Voicyが担う文脈ある語りの役割、そして活動を続けることの喜びと葛藤を丁寧にたどる。発信の価値は露出にあるのではなく、思想と実践を現場に届けられる形へと変換し続けることにある。

餃子屋から始まった5年間

「5年前、何してたかな。餃子屋。餃子屋から始まりましたね。」

Twitterで知り合っただけの者同士が実際に顔を合わせて話すことは、まだタブー視されていた時代のことだ。「飲みに行こう」という文化もなく、なぜか初対面で餃子を選んだ。そんな些細な出会いから、葛原学習研究所の発信活動は動き出した。

2人がTwitterを始めた頃、教員がSNSで発信しているケース自体がほとんどなかった。ボリュームこそ増えたが、当時の面白みは今と異なっていた——そう振り返るとき、5年という時間がいかに凝縮されているかが伝わってくる。「一般的な5年よりも変化が大きかった。変化量が違う」という言葉は、実績ゼロから始まったことへの率直な驚きでもある。

自分たちはただ、自分の教室でやっていることを発信していただけだった。それが5年でこうなった——その感覚が、この対談全体に流れている。

100人が集まった日と、活動の広がり

対談の中で繰り返し語られるのが、最初の京都イベントだ。Twitterでつぶやいているだけの者同士が「100人規模のオフラインイベントをやります」と告知した。「行くわけがない」と思われても仕方がなかった。それが100人集まった。「意味不明」——本人たちが最もそう感じていた。

そこからの流れは速かった。雑誌への掲載、700〜600人規模の舞台での登壇、書籍の企画立案。日本全国から人が集まり、昼食を2人だけで静かに食べられない状況が生まれた。「実績ゼロの自分たちを、懐深く受け入れてくれた人たちのおかげだった」という言葉に、公教育のボトムアップ改革が草の根で広がっていく感覚が宿っている。

けテぶれの書籍化も、この流れの中で生まれた転機だった。大きな登壇のあと、出町柳でのランチの席で「絶対これはいける、ぜひ書いてほしい」と背中を押された。ある人の紹介でつながったその縁が、その後の出版へと結実する。発信の輪が広がる中で、一人ひとりとの関係性が具体的な展開を生んでいた。活動は人から人へ、信頼を媒介にして広がった。

葛原学習研究所
葛原学習研究所

葛原学習研究所のミッションは、どこか一箇所から中央集権的に発信するのではなく、現場の教師たちが自分たちの実践として動き出す——そのような広がり方を想定している。最初の100人イベントも、書籍化も、その意味で「ミッションが動いた瞬間」だったと言える。

VoicyとTwitter——媒体ごとの情報構造の違い

「Twitterの自分のツイートを全部本にしてほしい。100万払う」と話していた時期があった。しかし、断片すぎて本にはならなかった。Twitterは情報を発信できるが、文脈を残すことが難しい媒体だ。

その点でVoicyは異なる。「ボイチはまだ情報量と文脈を出せるから」という言葉が示すように、音声で語ることは、断片に切り取られない連続した思考を残せる。話しながら考え、聴き手とともに意味を構築していく「語り」の形が、Voicyというプラットフォームと相性がよい。

当初は「ちょっと構えて、何を言ってしまうかと思っていた」というが、やってみたら最高だった。まだ話したいことがある。「まだ言いたいことを全部言ってから死のう」——そう笑いながら語るとき、発信が単なる情報共有ではなく、思想を社会に開き続ける実践であることが伝わってくる。

書籍化においても同様の構造がある。放送が200本を超えたアーカイブを、テーマごとに文字起こしして再編集する。「そのスキームが出来上がったら、かなりいいよね」という手ごたえは、Voicyが単なる配信ツールではなく、一次情報を蓄積していく「語りの記録媒体」として機能しているからこそだ。構造として出来上がれば、発信活動の継続性が担保される——そこに構造思考が生きている。

「話を聞かせる」から「やってみる」へ

5年間の発信活動を振り返ったとき、最も強調した変化のひとつが、研修のスタイルそのものだ。

「1時間半話を聞いて、変わりますか」——そういう問いが浮かぶようになった。話を聞いてすごいと思っても、「へぇ」で終わる。GIGAスクールやAIが話題になる時代、その場でやってみなければ何も伝わらない。「こんなことをやっています」という紹介が、聴き手にとっては「こっちの自慢」にしか聞こえないこともある。

だから最近は、ワークショップに振り切っている。「コナンやっていますけど、しませんか。はい、やってみましょう」——そのパターンが増えた。2時間のワークショップを中心に据えることで、参加者が実際に手を動かし、考え、その場で何かが変わる体験を作る。

けテぶれも同じだ。子どもたちが勉強している様子を見せて「すごいですね」と言ってもらうだけでは、何も伝わらない。本質的に気づいてもらうには、実際にやってみてもらうしかない。やってみる⇆考えるという往還が、研修の場でも実践の場でも、変容の核心にある。

もちろん、これはこれで負荷が高い。会場でのICTトラブル、仕組みをその場で作り直す必要性、講演よりもはるかに大きな準備コスト。それでも「直接顔を合わせてやる体験は、オンラインでは代替できない」という確信が、この転換を支えている。

MP消費と、持続可能な活動のかたち

5年間の活動が広がった裏側には、見えにくいコストがある。

「最近よくMPって言うようになった。イベントや登壇で消費する」——これは体力や精神的リソースの話だ。土日に連続して登壇すると、ひどく疲れる。全国を講演で飛び回り続ける姿を見て、「絶対無理」と感じるようになった。「費用対効果が悪い」という言葉は、自己否定ではなく、届け方の設計を真剣に問い直している言葉だ。

子どもが5年の間に2人生まれた。本の締め切りと出産が重なる経験を何度か繰り返し、「2人出てきたら、もう無理」と感じる局面もあった。言いたいことはまだある。でも今は、持続可能な発信のかたちを模索している段階だ。

このような葛藤は、活動の挫折ではない。5年間の反省会という枠組みで対談を始めたことが示すように、ミッションを長く続けるために何を変え、何を手放すかを問い続けること自体が、実践者としての自己省察であり変容の過程にある。

ローカルとオフラインが持つ手触り

「地方に行く、ローカルに行くのがいい」——夏の研修の話になると、声のトーンが変わる。

駅3つ前で降りて街を歩きながら地域のネタを集め、その土地の風景や自動販売機を掴みに使う。「地元の人も知らない地元ネタ」で場を温める——そういう研修の仕方が、単に情報を届けるだけの講演とは別の手触りをもたらしている。「ローカルネタで引っ張るのがめっちゃ大事」という感覚は、その場に来た人たちと文脈を共有するところから場が始まるという理解からきている。

オフラインで顔を合わせることには、オンライン発信では代替しきれない何かがある。 Voicyで文脈ある語りを残せても、その場で笑いながら手を動かす経験は別物だ。経験の蓄積は、媒体の外にある。

葛原学習研究所のミッションが目指すのは、教師が自分の教室で実際に動けるようになることだ。そのためには、オンラインで思想を届けるだけでなく、現地で体感できる機会を作ることが不可欠だ。発信とローカル研修は、互いを補完する形で機能している。

5年間が見せてくれたもの

「5年ってこんなんなるんよね」——その言葉は、驚きと実感が入り混じっている。

Twitterのフォロワーが200人だった頃から、いいねの少なさを嘆いていた。それが2,000人になっても、2万人になっても、変わらなかった。「一生変わらないと思う」と笑う。有名になることが目的ではないから、そこは問題ではない。

問題は、思想と実践が現場に届いているかどうかだ。「葛原さんを呼べるなんて、忙しくて無理だと思っていました」と言われることがある。しかし実際には、特別な高嶺の花であるわけではない。思い込みが機会を遠ざけているなら、それを解くことも発信の仕事のひとつだ。

けテぶれがどこかの学校で取り入れられているという話を聞く機会は増えた。でも、それが具体的にどう広がっているかは見えにくい。だから語り続ける。Voicyで、ワークショップで、ローカルで。思想が一人歩きするのではなく、文脈ごと届けられる形を追い求めながら。

発信活動の5年間は、露出の拡大ではなく、葛原学習研究所のミッションを社会に開くための試行錯誤の記録だった。その試行錯誤は、これからも続く。

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