各地の研修現場で、かつては見られなかった景色が生まれ始めています。教師たちが教科の教え方だけでなく、学び方の見方・考え方をめぐって議論するようになってきました。この変化を可能にしているのが、けテぶれという「超具体的な実践知識」です。共通の土台に立つことで、教師も子どもも対話が生まれる——本放送では、2024年の研修シーズンを通じて葛原が観測した、公教育のリアルな一歩前進を報告します。
今年は、風向きが変わった
「本当に今年は風向きが変わったというか、すごくウェルカムというか、受け取ってくださっている感じがすごくするんですよ」——これが、2024年の研修シーズンを通じて葛原が繰り返し感じたことでした。
けテぶれを取り入れた研修デザインを始めておよそ4〜5年。初期のころは、聴いている先生が寝てしまうような場もあったといいます。それが今は「前向きに来てくださっている」という空気に明らかに変わってきた。長野・岡山・宝塚・川西と続く研修シーズンで、ほぼすべての現場で同じ手応えを感じています。
ただし、これは全国の公教育全体がすでに変わったということではありません。葛原自身も「僕の観測できる範囲なので、限られたことではある」と明示しています。あくまでも、自分が訪れた現場での実感として受け取ってください。それでもその実感には、11年間の教員経験と4〜5年の研修実践の積み重ねから来る、確かなリアリティがあります。
変化の核心:「教え方」から「学び方の見方・考え方」へ
研修の場で何が変わったのか。最も大きな変化は、先生たちが議論する対象そのものが変わったことです。
川西市や滋賀県の研修でも共通していたのは、「一通り実践してきた」という状態から出発していること。そこで現状を振り返り、次を考えるプロセスに入ると、自然と浮かび上がってくるテーマがあります。それが「学び方の見方・考え方」です。
「本当に教科1教科のいかに教えるかみたいなところから、完全にシフトチェンジしたような場がそこには立ち現れて。確実に先生たちの学び方の見方・考え方を議論している」——葛原はその光景をそう表現しています。どう手渡すか、どう伴走するか、モチベーションをどう見るか、けテぶれが微妙な子にはどうするか。教師同士が、子どもの学び方そのものを議論する場が、職員室に生まれてきている。
この変化が成り立つためには条件があります。それが「同じ土台に立っている」ということです。
けテぶれは「共通言語」であり「共通土台」である
なぜ今、学び方の議論ができるのか。葛原はその理由を明確に語っています。
「そこにはけテぶれという超具体的な実践知識ですよね。コンテンツとしての整理というものがなされて、その上にみんな立って、それをもとに教室で実践しているからこそ、そうやって対話的な学びができるということです」
けテぶれは単なるノート術や家庭学習法ではありません。計画・テスト・分析・練習という学びのサイクルを、子どもも教師も共有できる超具体的な言語として整理されているから、それを土台にした議論が生まれます。「この子のテストへの向き合い方はどうか」「分析の質をどう上げるか」——そういった会話が、はじめて成り立つようになる。

この土台は、QNKSとセットで機能します。QNKSは「問い・抜き出し・組み立て・整理」の思考サイクルで、けテぶれと組み合わせることで、子どもが自分の学びを内省し、言語化し、他者と共有するための回路ができあがります。研修の場でも、1時間をQNKSの進行で組み立てながら「現状を振り返り、次を計画する」という構造が動かされていました。学びの道具が、学び方を語り合う場そのものを設計する道具にもなっているのです。
子どもも教師も「同じ土俵」に乗る
「学び方に関する対話的な学びをさせるためには、やはり同じ土俵に乗せなければならない。そのためにけテぶれというものを使いましょうね、という話をしているんだが、それは本当にもう先生も同じで」
子どものけテぶれ交流会では、学び方を語り合うために、まず全員がけテぶれを実践しているという共通経験が必要です。同じ文脈を持っているから、意見を出し合える。これとまったく同じ構造が、教師の研修にも起きています。
教科の内容について議論するのではなく、学び方そのものを対話の俎上に乗せる。その場が成立するのは、けテぶれという共通実践があるからです。 葛原は11年間の教員経験の中でも、「この景色は見たことがない」と語っています。職員全体が学び方の在り方を模索し、対話的に議論している場——それが今、現実に起きているということです。
研修でも動く「大分析・大計画」
「現状とかね、けテぶれでいうところの大分析みたいな感じですね。大分析して大計画立ててみたいなことで、1時間QNKSを使いながら進行するっていうことをちょいちょいやるんです」
子どもの学習サイクルの中にある大分析と大計画という構造は、研修の設計にもそのまま応用されています。「今自分の学校はどういう状態にあるか」という現在地を見つめ、「次にどう動くか」を考える。現状分析があって、はじめて方針が立てられる。
これはけテぶれのミクロな学習ループが、研修というメソのスケールで動いているということです。個人の学びを支える構造が、集団や組織の学びを支える構造と同型に機能する——この一貫性こそが、けテぶれを単なる学習法以上のものにしています。
小2体育と国語:教科横断でけテぶれとQNKSを回す
研修先で出会った若手教師が、ある実践構想を話してくれました。
小学校2年生の体育の授業で、技の見方・考え方やルールの設定を仕組みながら、けテぶれでサイクルを回して自分たちで練習していく設計です。さらに、QNKSを回すという思考の側面については、国語の単元と連動させる。体育と国語を並列で進め、教科横断的に単元を組み立てるという構想でした。
「小学校2年生でこのけテぶれとQNKSのサイクルをぐるぐる回しながら、単元というものを進行させていきたい。体育だけだったら運動量の確保も大変だから、QNKSを回すということに関しては、国語の単元で読み替えて」
葛原はその構想を「本質的だし、もうやらなきゃいけないと思う」と評しています。国から教科横断的な視点の重要性が示されている今、この方向性は時代の要請とも一致しています。「叩かれるかもしれないから取り下げる」という選択は、やった後に気持ち悪さが残る。頭の中でアイデアが完成しているなら、背中を押す時だというのが葛原の立場でした。
発信が読まれ、書き込まれ、実践準備に使われている
オンラインで非同期に発信し続けていると、どのように受け取られているかは見えにくいものです。しかし研修先で、それが可視化される瞬間がありました。
葛原学習研究所のミッション(読み放題プランのテキスト群)を印刷して、本のように製本して使っている先生がいました。心マトリクスの連続講義も一冊の冊子にまとめ、びっしりと書き込みが入っている。「今日も朝から2時間、コメダで読んできました」という言葉とともに、夏中これを読むのが楽しみだと話してくれた。
「頑張った甲斐があるというか」——葛原はそう語っています。Voicyのプレミアムとミッションの読み放題を両方契約して、がっぷりと受け取ってくださっている方がいる。テキストは読まれ、書き込まれ、実践のための準備に使われています。オンラインの発信が、リアルの授業設計のインフラになっているということです。
全国にピンが落ちる:距離を消すSNSの力
けテぶれアンケートでは、任意で実践校の名前を尋ねています。答えてくれる学校だけで160校ほどが挙がり、それを地図上に表示すると、日本列島をほぼ覆うほどのピンが落ちるといいます。
「日本列島が全部視野に入るぐらいの視野で地図を表示させた時に、ほぼほぼ日本列島を覆うぐらいのピンの量になるんですよね」
リアルで人に会うと、どうしても近くから熱が広がっていく構造になります。しかしSNSとインターネットを起点にすると、地理的な距離が関係なくなる。葛原が5年前にオンラインとリアルを組み合わせたイベントを初めて企画したとき、SNS上の先生を集めてセミナーを開くこと自体がまだ珍しい試みでした。帰りの電車から窓の外を眺めながら、「日本帰る」と自分で言ったことへの感慨があったといいます。
その頃から積み重ねてきた発信が、今日の地図を作っています。
ミクロには一人の教師の実践、メソには学校の研修の場、マクロには日本全体を覆う実践の広がり——この三層が、一貫したけテぶれという共通言語でつながっています。SNSという発信の手段が、「熱の広げ方」に新しい回路を加えたのです。
公教育が、一歩前進した
「ああ、公教育が一歩進んだっていう景色がやはり実感としてはある。こんな景色見たことないよなって感じです」
これは大きな宣言ではなく、あくまで観測の報告です。葛原の目の届く範囲での変化であることは、本人が丁寧に断っています。しかしその実感は、11年間の教員経験と4〜5年の研修デザインの実績から来るものです。
学び方の見方・考え方という知識の蓄積は、今の公教育においてはまだ少ない。それでも、職員室で教師たちがその議論を始めている現場に遭遇できた。けテぶれという共通土台を持った教師たちが、学び方を語る言語を獲得しつつある。
一歩は、一歩でしかありません。しかしその一歩は確かに踏み出されており、全国各地の現場でその足音が聞こえ始めています。