兵庫県川西市の小学校で、けテぶれ全校実践の年度末研修に立ち会い、先生たちが「大分析」を行う場に感じた「追い風」とは何か。外部評価が変わっても実践者の現在地は変わらない。時代の風向きが変わり始めているいま、淡々と積み重ねてきた実践が社会に響き始めている。個人の教室の点がけテぶれ・QNKSという共通言語でつながり、線・面・立体として全国へ広がるフェーズに入っている。
全校実践の学校へ——先生たちの「大分析」
兵庫県川西市の小学校を訪問してきました。けテぶれを全校実践として続け、今年で5回目か6回目を迎える学校です。今回の研修のテーマは、年度末にあたっての「先生たちの大分析」でした。
大分析は、1年間の実践を振り返り、手応えや課題を自分の言葉で整理する営みです。子どもたちに向けていた枠組みを、先生方が自分自身の1年に使う。全校で積み上げてきたからこそ、一人ひとりの先生が実感を持って語れる場が生まれていました。
研修の場には教育長が来てくださり、深く感動してくださったそうです。また、年度末に体育の授業を公開した担任の先生からは「子どもが自分で考え、作戦を立てながら動く姿を見た大学の教授が、非常に感銘を受けていた」という報告もいただきました。
ただ、ここで大切なのは「専門家が評価してくれたから実践が正しかった」という話ではありません。外部の評価が変わっても、実践者の現在地が急に変わるわけではない。この場で確かめたかったのは、そういうことです。
追い風とは——現在地は変わらない
「これが追い風ってことなんですよ」と感じた出来事でした。
向かい風の中でも淡々と実践を続けてきた先生がいます。「そんな実践が何になるの」という声があった地域でも、歩みを止めなかった先生がいる。その先生の現在地は変わっていない。ただ、自分の周りの評価がどんどん変わってきている。
これはこれから15年にわたって続いていくフェーズだと思います。外からの評価などというのは、時代次第で変わるものです。そうなったとき、追い風の先に自分の現在地が定義されていく——そういう時代に入ってきました。
追い風を受けるとは、外部に認めてもらったことではありません。風向きが変わり、あなたがすでに歩んできた方向が、向かい風から追い風へと変わる。実践者の立場からすれば、今まで通りに実践を続けているだけなのに、響き方が変わっていく。そういうことです。
制度変更を迎え撃てる
渋谷区が午後の授業を全部カットして探究の時間にするという話が、全国けテぶれラインで話題になりました。正直に言えば、制度だけが先行してコンテンツが空洞のまま変わることへの違和感はあります。仕組みが変わっただけでは、多くの先生が「午後の探究で何をするのか分からない」という状態に置かれてしまう。
しかし、その流れの中で、渋谷区で実際にけテぶれ・QNKSを実践している先生が「この形にはこういう実践が一番適する」と具体的な提案を投稿してくれた。これが本当に強い、と思いました。

けテぶれは「計画・テスト・分析・練習」という学習サイクルを子どもが自走できる枠組みです。QNKSは「問い・抜き出し・組み立て・整理」という思考の型です。探究の時間や自由進度学習という制度変更があったとき、この両輪を持っている実践者は「その形における具体的な学び」を提示できる立場にある。
仕組みだけ変わった状況で途方に暮れる必要はない。制度変更を、実践で迎え撃てる。それがけテぶれ・QNKSという共通言語を持つ実践者の強さです。形がどう変わろうとも、フルスイングで打ち返せる実践を持っているということ——これは、教師として働くことの面白さそのものだと感じます。
点を線に、線を面に、立体へ
私はすでに現場を離れています。だから「私のすごいクラスを見にきてください」という発信の仕方はもうできません。もしいまも教室を持っていたなら、時代の追い風を受けながら素晴らしい場を作り、多くの先生に見ていただく、そういう形もあったかもしれない。
でも今、私が果たすべき役割はそこではありません。
各地の教室がそれぞれ点として輝き、その点と点が線となってつながり、面になり、立体として日本中に広がっていく——その構造を作ることです。
体育の授業を見た大学の教授がすでに「けテぶれ」という言葉を知っている。あそこでも、ここでも素敵な実践が立ち上がり、「共通言語として、どうやらけテぶれというものがある」という認識が広がっていく。そうなると、実践者自身も「自分一人の取り組みではない」という感覚を持てるようになります。
自分の教室でただ淡々と実践を続けることが、他のけテぶれ教室と接続し、面として立体として全国へ広がっていることになる。これは個人の実践を、まったく別の次元の意味に押し上げます。

けテぶれ実践がそれぞれ一つのノードです。それを結ぶパスが全国に張り巡らされていく。点が線になる瞬間、ネットワークは質的に変化します。皆さんの点は、他の点とつながっています。
最も強力な発信は「教室を開く」こと
ブログを書くこと、音声配信をすること、本を書くこと。どれも実践を広げる有効な手段です。でも、それらすべてを超えて最も強力な発信は、教室を開くことです。
具体的な事象を、具体的な子どもの姿として見せること。それが見る人の認識を最も確かに動かします。けテぶれ・QNKSという枠組みを抽象的に語るより、実際に子どもがどう動いているかを目の前で見せること——これが実践者を増やし、つながりを生む最短の道です。
今回訪問した川西市の学校でも「ぜひ教室を公開してください」とお願いしてきました。校内の全員にその教室を見に来てほしいとも伝えました。これが点が線になる瞬間です。
教室を開くことは、個人の頑張りを見せることではありません。具体的な学びの事象を共有することで、共通言語の実体を伝える行為です。「この形で、こんなことが起きた」という事実こそが、次の実践者を生む土台になります。
分水嶺に立つ——三木市から、全国へ
兵庫県三木市では、市内でけテぶれ実践を仕組みとして広げていく取り組みが動いています。ただし、この取り組みを三木市一自治体の中に閉じるつもりはありません。市の取り組みが、隣の市に「漏れ出す」仕組みを確実に作りたいと思っています。
隣の市の先生も研修に参加できるようにしたい。隣の市の先生が公開する教室にも行きたい。枠組みを越え、自治体を越えて、日本として同時多発的に公教育のボトムアップ改革を進めていく——その分水嶺に、今まさに立っています。
皆さんが自分の教室で積み重ねてきた実践は、独立した点ではありません。その点は他の点とつながり、いまこの瞬間も線になり続けています。
2026年、追い風はすでに吹いています。淡々と、確かに、前へ。