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自治体レベルで育つけテぶれ改革のボトムアップ構造

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兵庫県三木市での研修を起点に、けテぶれ実践が自治体単位で広がる条件を考えます。鍵となるのは月1回の研究グループという継続的な場、共通言語としての「学び方の見方・考え方」、先行実践者と新規参加者が混在する熱の広がり、そして提唱者に依存しない自走構造です。先行実践者が数名しかいない段階でも、この構造は立ち上がります。改革の土台にあるのは、完全な根拠を揃えてから動くのではなく、信じて動く人たちの連鎖です。日本を変えているのは提唱者だけではなく、各地で実践する教師たち全員です。

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「部会」はなぜ続かないのか

月に一度、学校や自治体の教師が集まる研究部会や研究グループ。国語部会、算数部会、さまざまな名称の場が各地に存在しています。しかし率直に言えば、こうした場が継続的な実践改善につながっている例はそれほど多くありません。

おしゃべりして終わり。いいこと聞いたと思っても、次の会ではそんな話があったことも忘れている。その場で紹介された小ネタを次の場に持ち寄る仕組みがない。関心自体が続かない。

こうした「つながらない部会」の根本には、共通言語の不在があります。前回の場と今回の場をつなぐ媒介がなければ、月1回の集まりはそれぞれ孤立したイベントになるだけです。「先月やってみたことをどう発展させるか」という縦軸の対話が生まれず、場と教室もつながりません。

けテぶれが自治体単位の改革と結びついたとき、この課題への答えが見えてきます。

月1回の研究グループを継続的な場として設計する

自治体でけテぶれを広げるとき、まず必要なのは単発の大型研修ではありません。月1回、継続的に集まる場の設計です。既存の研究グループや研究部会を活用し、複数グループを立ち上げて合併する形にする。このような立て付けが、実践を根付かせる土台になります。

なぜ月1回の継続なのか。それは、けテぶれが「小ネタ1本持って帰るもの」ではないからです。

けテぶれは、実践を次の場へ持ち込む共通言語として機能します。「この共通の土台、共通言語、学び方の見方・考え方が張り巡らされている空間の中で実践の対話的な学びをする」という構造があってはじめて、月をまたいだ縦軸のつながりが生まれます。先月やってみたこと、見えてきたこと、次に試したいことを持ち寄る場が成立するのです。

場と場がつながれば、場と教室もつながります。会で話したことを教室でやってみて、次の会に持ち寄る。この往還が積み重なることで、実践の深度が増していきます。

先行実践者が数名でも立ち上がれる

「自治体でけテぶれを広げるには、すでにたくさんの実践者がいなければ難しい」という懸念を持つ方もいるかもしれません。しかし実態はそうではありません。

三木市での研修では、参加者の多くは「けテぶれという言葉を聞いたことがある」程度の方々でした。先行で実践している方は数名。大半はこれから始める方々です。それが、自治体単位での立ち上がりにおいて、ごく普通の出発点です。

数名の先行実践者と、今から始める人々の大半という構成で立ち上がっていく。 この構成に意味があります。先行実践者が少ないことを弱点と捉える必要はありません。彼らは場の中でメンター的な役割を担い、これから始める方々の背中を見せます。「来年度から全校で実践しようと思っています」という声が複数出てきて、翌年度も毎月開催しようという動きが生まれる。これがそれぞれの現在地からの一歩が積み重なる姿です。

熱の広げ方
熱の広げ方

この熱の広がりは同心円的な構造を持っています。提唱者が中心に立ち、その周りに熱く実践している先生方がいて、さらにその周りに実践したいと集まってきた先生方がいて、その熱に引っ張られる形で全校実践に取り組む学校が出てくる。会の人数は回を追うごとに増えていく可能性がある。これが公教育のボトムアップ改革の実際の姿です。

中心が外れても広がり続ける構造を目指す

重要なのは、この熱の広がりが提唱者への依存を前提にしていない点です。

「一生ずっと講師が関わり続けなければいけない」という構造では、自治体改革は持続しません。けテぶれを共通言語にした場の設計が本来の力を発揮するのは、講師が外れてもこの熱の広げ方は広がり続けるからです。真ん中はどんどん濃くなり、裾野はどんどん広がっていく。1年間集中して関わった後は、その構造だけ残して次へ進むことができます。

改革の設計において、この視点は非常に重要です。講師に依存する研修モデルでは、その講師がいなくなれば実践も止まります。しかし共通言語と継続的な場があれば、場そのものが実践者たちを育て、つなぎ続けます。

一律に押し付けてプレッシャーをかけるやり方はうまくいきません。全員に同じ種を同時に植えさせ、芽が出ないと責める形では、実践は根付かない。むしろ「こんな種があるよ」と紹介して、植えてみようかなという人たちが集まり、育ちを見た誰かがまたやってみる。この連鎖が密度を高め、自治体の中で「隣でも取り組んでいる」という状況を生み出します。その密度の高まりがまた次の動きを引き出す。これが本来のボトムアップ改革の形です。

改革の土台にある「信じる連鎖」

10年前、けテぶれはまだ何の実績も積み重なっていませんでした。SNSで顔を出し、本名で「これで学びが楽しくなる」と言い始めた一人の教師の言葉を、最初に信じてくれた人たちがいました。試してみて、成果が出たと報告してくれた人たちがいました。その報告を見て、信じられると思った人たちがまた試してみた。この連鎖が10年間積み重なってきました。

今、全国の教師の中でけテぶれを知っている人の割合はかなりのものになっています。インターネットを通じた種まきの結果として、土が耕された状態ができています。自治体や教育委員会がこれを取り上げようとするとき、その土壌の上に立っています。

しかし信じることは、いつでも疑うことができます。「立派な大学教授の研究ではない」「実践できているのは一部の先生だけ」「うちの地域には合わない」——こうした疑いは、いつでも持ち出すことができます。エビデンスがいくら積み重なっても、疑おうと思えばいつでも疑えます。

それでも信じて動く人たちの連鎖が、この世界を成り立たせています。完全な根拠が揃うのを待つのではなく、信じて一歩動くことの連鎖が改革の実体です。委員会レベルでこれを取り上げようとする方が現れるのも、その連鎖の中にあります。信じるという行為の強さは、根拠がゼロでも動ける点にではなく、疑えるにもかかわらず動くという選択の積み重ねにあります。

情報を囲わないことも熱の広げ方

けテぶれを広げる実践の一つとして、情報を有料で囲わないという選択があります。「これだけ熱のこもった話なら有料コンテンツにしてもいい」という場面で、あえて誰でも受け取れる形で出し続けること。これ自体が熱の広げ方の一つです。

葛原学習研究所(正方形)
葛原学習研究所(正方形)

支えてくれる人が立ち上がり、その支えを背に情報を開き続ける。この循環の中で、葛原学習研究所のミッションは動いています。自治体や学校単位でけテぶれを広げたいという熱意ある動きに応えられるのも、こうした構造があるからです。情報を囲い込んで価値を高める方向ではなく、広く届けることで土壌を育てる方向を選び続けること。それが長期的な熱の広げ方になっています。

日本を変えているのは、あなたたちです

「日本を変える」という言葉は、提唱者が一人で語るべき言葉ではありません。

岡山のある校長先生から「日本を変える取り組みの一助に、一緒に変えていける仲間としてやっていけそうな気がした」という言葉が届いたとき、その言葉こそがこの改革の実態を表しています。

主体性はみんなです。けテぶれを取り上げるかどうかに関わらず、よりよく教育を変えていこうとしている先生たちはすでに教育を変えています。けテぶれという共通言語を持つことで、その実践が繋がり合い、共鳴し、より強め合える構造が生まれます。「みんなで一緒にやっている」という感覚が、単独実践にはない力を生みます。

公教育はみんなのものです。やっている人・やっていない人という分断ではなく、同じ公教育の場で子どもたちのために動いている全員が、それぞれの現在地から一歩を踏み出す。その積み重なりが、自治体を、そして日本を少しずつ変えていきます。

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